第14話 新たなはじまりの予兆
ズットータム山のワンダーたちを捕らえた、ナゾの密猟者たち。そのリーダー格・リクールが放つ赤い鎖を、エイルはひらりひらりとかわし続けていました。
この鎖は、リクールのパートナー【ブラッドレッドケルベロス】と合体してできた、魔法の鎖。どこまでも追ってくる、やっかいなしろものです。けれど、エイルはもうすっかり目が慣れて、その軌道を完全に見切っていました。
アームドして鎖に姿を変えていようと、しょせん中身はイヌです。いつも野生のワンダーを相手にしているエイルにとって、動きを読みきるのはたやすいことでした。
その気になれば、いつでも攻撃に転じられる――けれど、エイルはあえてそうしません。
そして、そのことに、リクールもようやく気づきました。エイルが攻めてこないのは、鎖に苦戦しているフリをして、自分の注意がワンダーたちを救出しようとしているエミルたちのほうへ向かないようにしているのだ、ということに。
リクールは、勝ち誇ったようにニヤリと笑います。
「そういうことか! だが、残念だったな!」
リクールは、エイルに向けて伸ばしていた鎖を、背後のワンダーたちのもとへ引き戻そうとします――
ガシャン!
が、エイルが地面に突き立てた剣が鎖にからまり、くさびとなって、ぴたりと動きを止めてしまいました。
「……残念なのは、そっちだよ!」
今度は、エイルが不敵でステキな笑みを浮かべる番でした。
リクールが、ぐるりとうしろを振り返ると……
「なっ!?」
なんということでしょう。
彼の手下たちはひとり残らずぐるぐる巻きにしばりあげられ、捕らえられていたワンダーたちも、みんな解放されているではありませんか。
「い、いつのまに……!」
リクールは目をむいて固まりました。どうやら一手、遅かったようです。
「さっすがエミル。仕事が早いなあ」
エイルは誇らしげに胸を張りました。
助けられたワンダーたちのそばには、エミルたちの元気な姿もありました。だれも、目立ったケガはしていないみたいです。
『こんかいは、クリちゃんのおかげだよ!』
「い、いえ、私なんて、たいしたことは……」
『ええ、いちばんのお手がらは、いつだってエミル様です!』
「もう、シルヴィアってば……」
『ほんとうに、エミルさんのことがお好きなんですねぇ……』
(まずい……これじゃ、俺たちの存在が世間にバレる……!)
リクールは、あせりのあまり、ぎりりと歯をかみしめます。
エイルは、突き立てた剣をぐいっと引き抜き、リクールにびしっと突きつけました。
「あとはお前だけだ。覚悟しろ!」
言いおわるやいなや、エイルは一気に前へと駆け出します。
「クソ……! こうなりゃ、せめてマスターウィザードだけでも!」
リクールの鎖が、むくむくとふくらみ、めきめきと変形していきます。
すると、鎖の先端が、巨大な三つ首のイヌの形となって、エイルにかみつこうと襲いかかってきました!
『うひゃあ!』
シロンはぴょんと飛びあがり、シュガーもびっくり仰天です。
シルヴィアも、こわいからなのか、どさくさにまぎれてなのか、ぎゅっとエミルの体にしがみつきます。
それほどまでに、この魔法からは強いチカラが感じられました。いわゆる必殺技、というやつなのでしょう。
しかし、見守るエミルも、立ち向かうエイルも、余裕の表情です。こんなのなんてことないよ、と言わんばかりでした。
エイルは走りながら、両手の二本の剣をがしゃりと重ねあわせ――まばゆい光とともに、一本の巨大な黄金の大剣へと変えました。
それをおもいっきり振りかぶって、ケルベロスめがけて斬りかかります!
ズバアアアン!
『ギェアーーーッ!』
一刀両断されたケルベロスのうめき声が、山じゅうにひびきわたります。
その向こうには、おののくリクールの顔がありました。
今度こそ彼本人をたおすべく、エイルがさらに突っこんでいきます――
――が、そのとき!
ドドドドドド……
大きな地鳴りと重い足音とともに、巨大な"なにか"がこちらへ迫ってくる気配がしました。
エイルも思わず手と足を止め、その場の全員が、そちらの方角へ目をやります。
そこには……
『グオオオオ~~~!!!』
栗色の毛皮に身をつつんだ巨大なクマが、どすどすと地面をふるわせながら走ってきます。
王冠のように逆立った頭の毛と、イガグリのようにかたくとがった両手首の毛。その姿は、ハンターたちのお目当てである、【キングクリズリー】にちがいありません。
(しめた! ヤツをのがすのは惜しいが、この混乱に乗じて……!)
もともとキングクリズリーを捕まえにこの山へやってきたリクールは、だれよりも一瞬早く、状況をのみこみました。
そして――
ギュルギュルギュルギュル!
魔法を発動し、赤い鎖を全身にぐるぐると巻きつけたのです。
「……!」
それにいち早く気づいたエイルが、リクールめがけて大剣を振り下ろしますが……
シャリン!
剣が空を切った瞬間には、リクールの姿は鎖ごと、ふっとかき消えていたのです。
けれど、いまはその理由を考えている余裕などありませんでした。
なにしろ、巨大なクマが、いままさに妹たちに襲いかかろうとしていたのですから。
『グオオオオッ!』
ズズーン!
振り下ろされたイガイガの腕が、地面をゆらし、落ち葉をばさばさと舞いあげます。
エミルとシロンとシュガーは、シルヴィアのしなやかでたくましい腕にかかえられ、ひらりと飛びすさってかわしました。クリスティーヌも、すばやい身のこなしで、さっとよけていました。
ところが、キングクリズリーはぎろりとエミルをにらみつけ……ふたたびイガイガの腕をふりあげます!
「やめろっ!」
キィーン!
そこへすかさず、エイルが割って入り、黄金の大剣でイガイガを受け止めました。
「ぐっ……!」
けれど、相手も"山のヌシ"と呼ばれるだけあって、そのパワーはケタちがい。怪力じまんのエイルでさえ、じりじりと押されています。
「シュガー!」
『は、はい!』
それを見たエミルが、ふところから取り出した杖(指揮のためのアイテム)を振ると、シュガーが羽をはばたかせ、白い光の粒子がきらきらとふりそそぎます。
これは《パウダーシュガー》。お砂糖のような甘い香りをただよわせて、味方の気持ちをふるいたたせたり、相手の戦う気持ちをしずめたりする魔法です。前の冒険では、姉妹もずいぶん助けられたものでした。
『グオ……』
荒ぶっていたキングクリズリーにも、効果てきめん。しだいに動きがのろくなり、ふりあげた腕が、だらりとさがっていきます。
「おねがい、話を聞いて。わたしたちは、あなたの敵じゃない!」
エミルは、うったえるようにキングクリズリーへ呼びかけました。
ヌシは、仲間のワンダーたちが捕らえられたことに怒っているのだ――そう推理したエミルは、自分たちのしわざではないこと、むしろワンダーたちを助けた側だということを、ちゃんと伝えたかったのです。
『コンコン!』『ガーガー!』
すると、解放されたワンダーたちも、いっせいに声をあげはじめました。
どうやらエミルの言葉を後押しして、"この人たちは味方だよ"と伝えてくれているみたいです。
『グウ……』
山のヌシも、ようやくわかってくれたようで、その場にどすんと座りこみました。
『これにて、いっけんらくちゃく、だね!』
シロンは、えへんと胸を張って宣言しました。
『アナタはなにもしてないでしょ』と、だれかさんのツッコミが聞こえてきそうです。
「いや、まだ終わってないよ。この人たちを、王都に引き渡さないと……」
エミルがそう言って、しばりあげたナゾのハンターたちのほうを振り向くと……
……なにか、様子がおかしいのです。
肌がぴりぴりするような、いやな感覚。それはこれまでの冒険で、何度もおぼえのあるものでした。
「『エミル様! あぶないっ!』」
その瞬間、シルヴィアとクリスティーヌの声が重なり、ふたりはエミルたちをかかえて、ハンターたちからぱっと離れます。
すると――
ドッカアーーーン!
『うひゃーっ!?』
突然の大爆発。シロンは爆風にあおられて、くるくるとふっとんでいきました。
解放されたワンダーたちも、散り散りになって逃げていきます。
エミルたちも、エイルも、とっさに地面にふせて、爆風をやりすごしました。
やがて、もうもうとした煙が晴れ……おそるおそる振り返ってみると。
ハンターたちのいた場所には、黒こげの大きなくぼみが、ぽっかりとあいていました。落ち葉や木々に火が燃え移らなかったのは、せめてもの救い、といえるかもしれません。
なにが起こったのかは、だれの目にもあきらかでした。
「爆発……なんてことを……」
『ひどい……』
シュガーはたまらず、エミルの胸に飛びこみます。
むりもありません。こうした場面には、これまでにも出くわしたことがありました。けれど、どれだけ見ても、慣れるものではないのですから。
「……まあ、これで連れて帰る手間ははぶけた……ってことかな」
『お、お義姉さま、あまりそのようなことは、おっしゃらないほうがよろしいかと……』
すっかり気の抜けたエイルに、シルヴィアは苦笑いを浮かべました。
『ぺっ! ぺっ! もー、さいあくだよぉー!』
爆風でふっとばされ、落ち葉の山につっこんでいたシロンが、ぽんと顔を出します。
どうやら野生のワンダーたちも、山のヌシも、なんとか無事だったようです。
こうして……楽しいピクニックになるはずだった姉妹のおでかけは、なんともすっきりしない終わりかたで、幕を閉じました。
けれど、このできごとが、これから起こる大事件のはじまりだということには、まだだれも気づいていなかったのです……
お読みいただき、ありがとうございました。
しばらくは毎日12時、21時の一日二回更新となります。
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