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ガール・ミーツ・ギャル  作者: 燕曽野 狩輝
4/6

海、湘南、常夏の白浜。小さな欲望。

 夏といえば海。海といえばわかめであるが、乾燥わかめを戻す際、適切量を見誤ってしまうことは、人間として致し方のないことなのである。


「ねえ真綾ちゃん、インスタントのわかめラーメンってあるでしょ?」

「ん、あるね」

「私この前、それに乾燥わかめ一袋を足してお湯を入れたの」

「へぇ」

「どうなったと思う?」

「わかめが溢れてきた、とか」

「正解は、わかめの使いすぎでお母さんに怒られた、でした」

「もっと心配するとこあるだろ」


私と真綾ちゃんの、風情を感じさせる問答に、通りすがるパリピは必ず振り向く。

 ただ、その雅なテイストとは裏腹に、夏の日差しは私達の肌を容赦なく照りつけた。額に玉のような汗が走る頃、真綾ちゃんがゆっくりと口を開いた。


「ところで、その話は海水浴に来てまですることだったの?」


その言葉に、私は今置かれている危機的状況を思い出す。

 ここは湘南。とりあえずイケてる女子は湘南に来るらしいから、来てしまった。なんとなく水着とサングラスを着用して、現在は砂浜闊歩の真っ只中である。


「真綾ちゃんは何のために海に来たの?」

「ナンパ待ち」

「えっ、わかめになるためじゃないの?」

「それは後にも先にも愛理だけだよ」


私がヒトとは異なる生命への変化を目標に、命懸けで海水に浸かっているというのに、この女はナンパ待ちなどと宣っている。品性も向上心も感ぜられぬ、下劣かつ過激な思想である。


「真綾ちゃんはまるでウサマ・ビンラディンだね」

「その例え方が一番過激だけどな」


 穏健派らしからぬ会話を始めて早二分、早速二人組の男が声を掛けてきた。


「そこの姉ちゃん達、歳いくつ?」

「可愛いね。そろそろ十二時だし、昼飯一緒に食わない?」


このまま野放しにしていては、真綾ちゃんがホイホイと付いて行ってしまう。私は彼女の身を守るため、とっさに嘘を吐いた。


「年齢は七千二百グラムです」

「あんた歳だけで体重七キロも増えてんのかよ」

「ちなみに真綾ちゃんの年齢は六十五キログラムです」

「ゴリラにするな」


男達の顔が少し歪んだ。間違いなくクラゲに刺された顔である。私は谷間に挟んでおいたムヒを取り出そうとした。


「……あれ?」

「愛理、あんたなんで胸元まさぐってるの」

「胸に挟んだムヒがない」

「そもそも胸がないからな」


その刹那、私の拳は鋼となって、真綾ちゃんに襲いかかっていた。しかし、渾身の一撃は空を薙いだ。

 そして私は、すべてを察した。私の腕が空振りした理由は、もうわかりきっていた。


「いつの間に、私の腕がなくなって……!」

「ちゃんとついてるよ」

「安いもんだ、腕の一本くらい……無事で良かった」

「そのくだり一人でやるの?」


海賊王もびっくりの淀みなき名シーン再現に、興奮した私は思わず生唾を飲み込んだ。さしずめ私は四皇といったところか。


「スペシャルサンクス、尾田栄一郎さんだね」

「版権侵害もいいとこだな」

「真綾ちゃんはドンキホーテかな」

「激安の殿堂みたいになっちゃったよ」

「安い女だもんね」

「鼻にクラゲ詰めるぞ」


 はて、此奴は何を血迷っているのか。そもそもこの女ごときにクラゲが捕まるわけがない。貴様にクラゲが扱えるというのなら、私なら縞鯵だって従属させられるではないか。しかし、真綾ちゃんの目には迷いが見られない。毛ほども、である。


「さては真綾ちゃん、ポセイドン気取り?」

「よくわかんないけど、ポセイドンってさ――」


 これは私が迂闊だった。彼女はマウントを取らねば躊躇せず自らの腹を切ってしまうほど、その口から薀蓄を垂れ流すきらいがある。その行為自体が愚かで浅ましいのだが、私は咎めない。なぜなら私の地位はまだまだ低く、彼女のそれを咎められるほど尊い存在となっていないからだ。


「――ってところがかっこよくね?」

「私はまだ天使見習いなのです」

「え、なんで狂信者ロール」

「この似非ブロンドババアが絶対悪なのです」

「あんたの台詞が一番害悪だよ」


 他愛もない会話を一頻り交わした頃、私のお腹がサウンド・オブ・ミュージックした。


「お腹空いたからなんか食べよう」

「愛理は食べたいものとかある?」

「わかめだよ!」

「さも当然のように言わないで」


わかめに嫌悪感を抱いたのか、真綾ちゃんは顔を顰めた。だがそれがどうしたというのだ。私の中のわかめ養殖家が声高にそう叫んだ。

 とりあえず私達は海の家に入り、空いていた二人用のテーブル席に座る。すると可愛らしい店員が注文を取りに来た。


「いらっしゃいませ……って、愛理ちゃんと真綾ちゃん?」

「お、沙菜じゃん。バイトなんて精が出るね」

「バイトじゃないよ。私の父が経営している海の家」


その店員は、私のクラスの学級委員長を務める菱月沙菜ちゃんだった。沙菜ちゃんのお家はカフェを経営していて、私達はそこで仲良くなったのだ。


「へー、お父さん、かなりのやり手なんだな。とりあえずビーフカレーで」

「私はわかめ、四キロくらいもらえると嬉しいな」

「ねーよ。一人で処理する量じゃねえよ」

「かしこまりました」

「だからなんであるんだよ」


真綾ちゃんは一体、ビーフカレーのビーフが何でできていると思っているのか。誰がどう見てもわかめであろうに。


「すなわち肉はわかめなんだよ」

「愛理あんた嘘しか言わねーな」

「もし全部本当だったらどうする?」

「死を選ぶね」


やはりこの女を生かしておくのは危険である。親しき友を捨て命を絶つとは。人を馬鹿にするにも程があると言えよう。さすれば彼女を背徳者とみなし、裁判と称して火炙りにかけるのが妥当である。

 それから間もなくして、料理が運ばれてきた。香辛料の刺激的な匂いが食欲をそそるビーフカレーと、まるでそのすべてを舐め回されたような光沢を放つわかめ。どちらがより美味しそうかと言われれば、百人中百人が後者を選ぶであろう。


「いただきます」


真綾ちゃんは手を合わせ、カレーを一口含んだ。湯気が立ち上るほど熱そうであったが、しかし彼女は私の目の前で、大きく目を見開いた。


「え、めっちゃおいしいじゃん」


こうも目の前で美味そうに料理を食されると、私も食べずにはいられない。私は美しく淑やかな振る舞いで割り箸をへし折り、その箸でわかめを口へと運んだ。

 私が一度歯を噛み合わせると、口の中でサクリと心地よい音がした。


「すごい!この歯応え、一口で四千回は噛んでいられるよ!」

「卑弥呼か」

「真綾ちゃんも食べる?」

「いやいいわ」


あろうことかわかめを拒絶する愚昧なギャル女を尻目に、私はわかめを食べ続けた。全ては私が転生するために。

 そうして供物を貪っていると、海の家中に突如として悲鳴が轟いた。


「浮かれてんじゃねえ!金を出せ!」


入り口で男が叫んだ。どうやら強盗のようだ。右手にはナイフを持ち、顔は防寒マスクで覆われている。だが、以前に沙菜ちゃんの店でアレを見てしまっていたから、私は動揺することもなくわかめを食べる。


「愛理、あんたよくこの状況で食べられるよな」

「それは真綾ちゃんもだよ」

「まあな」


 しばらくすると、厨房の奥からゆっくりと沙菜ちゃんが現れた。


「おいお前!さっさと金を出せ!殺すぞ!」

「……せえ」

「なに?」

「ごちゃごちゃうっせえっつってんだよ、耳もついてねえのかてめぇ」


その言葉を放った沙菜ちゃんは、もはや学級委員長に非ず。その形相は、楠降の女番長を思わせるものであった。有り体に言えば、まさに修羅の如し。

 強盗は沙菜ちゃんの言葉に業を煮やし、ナイフの切っ先を彼女に向けた。すると、彼女は躊躇なく右手を上げた。すると奥から、ライフルを担いだ黒服の男が現れ、あっという間に強盗の頭蓋を撃ち抜いてみせた。

 その場にいた客は、立ち上がり手を叩く。そして口々に「出たよー恒例行事」「今年も面白いねー」などと、賛辞を零した。


「沙菜ちゃん家の常連さんは慣れてるんだね」

「絶対闇業界の人達じゃん……」

「でもまあ、強盗見てたらわかめ食べたくなってきたよ」


私が特に怖気付くこともなくわかめを食べ始めると、真綾ちゃんは怪訝な表情を浮かべたまま、視線を私に向けた。


「愛理ってさ、わかめになんか恨みでもあんの……?」

「実は私、ちっちゃいときに夢を見たんだ」

「へー。どんな夢なの」

「何不自由なく暮らす私の部屋に、突如手足を生やしたわかめが十人くらい乗り込んできて、いきなり私を囲んで、周りをぐるぐると回り始めたんだ!」

「思いっきり悪夢じゃね?」


やはり真綾ちゃんを湘南に連れてくるべきではなかった。自分がモテていると勘違いして、やることは私を全人格否定するのみ。これを絶対悪と呼ばずして、何を絶対悪と呼ぶのだ。


「それに、わかめにはバストアップ効果もあるからね!」

「そういやそうだわ。ボロンとかいう栄養素だよな」

「……え?」

「……ごめん」


会心のボケは、さざ波の音に消えていった。

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