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ガール・ミーツ・ギャル  作者: 燕曽野 狩輝
3/6

休日、休暇、穏やかな昼。小さな出逢い。

 今日は土曜日。つまりサタデーである。

 私はショートスリーパーだから、睡眠時間をあまり必要としない。昨日も夜十一時半に布団に入ると、今日の朝九時までぐっすりであった。


「おはよー、アオブダイ」


 朝の日課として、私はペットのコモドドラゴンを撫でる。名前はアオブダイ。ポップでキュートな私が命名したのだから、ポップでキュートな名前に決まっている。

 そういえば今日は、クラスメイトの金髪極道ヤンキーに「表出ろ」などとVシネマ俳優もドン引きの恐喝を受けた。


「よーし、真綾ちゃんにメールしよっと」


 誰がなんと言おうと、私が女子高生であることに変わりはないから、休日はきちんとおめかしする。その旨を真綾ちゃんに伝えたのだ。



 二時間後、我が家のインターホンが鳴った。


『ごめんください、日向ですけど』


 真綾ちゃんはあんな見た目をしているくせに、他人の親に対して妙に律儀だ。私も礼儀というものは弁えているのだが、真綾ちゃんのお母さんはとても優しく、先月は二人でタージ・マハルに行ったりもした。


「真綾ちゃんおはよう!今から外に出るね!」

『いいけど、いくらコスプレっつっても変なの着てくるなよ?』

「やだなー!真綾ちゃんって私のことを信用してないでしょ!」

『まあな』


 彼女が不機嫌そうな顔をするから、これは一本取ってやろうと玄関へ走り、この日の為に買った靴を履いて外に出た。


「おまたせ!さあさあ、カフェに行こう!」

「カフェって……その格好で?」


 今回の私のコスプレには、コンセプトがある。それも、一言で表せるようなものではない。このコスプレに私は並々ならぬ情熱を注いだのだ。


「この格好は、若くして異国の情緒を学ばんとする好奇心旺盛な少年がモチーフです!」

「……中浦ジュリアン?」

「違うよ、千々石ミゲルだよ!真綾ちゃんの目は節穴なの!?」

「どっちでもいいから普通の服に着替えてこい」


 何という人間だ。カフェに行こうと私を誘ったのは彼女だというのに、服装が気に入らないという毛ほども面白くない理由で追い返されるとは片腹痛い。千々石ミゲルも大号泣の辛辣さである。

 しかし、仮に私がこの衣装を脱ぎたくないと言う。するとあの女は非常に頑固者であるから、外であろうと人の目があろうとお構いなしに私をひん剥くだろう。所詮彼女はそういう輩なのだ。エロスの権化なのだ。けしからん。

 程無くして私の着替えが終わると、真綾ちゃんは玄関に突っ立った私を見て小さく「合格」と呟いた。恐らく前世は相当なパリコレ審査員だったに違いない。


「さて、行くか」


 真綾ちゃんはコクリと頷き、それから私の手を取って歩き出した。女友達と手を繋いでいる光景はイ○スタ映えするから、私はすかさず胸元にしまってあるスマホで写真を撮った。谷間からスマホを取り出したわけではない。そもそも谷間など無い。


「ちょっと待ってよ真綾ちゃん。私服に対するツッコミはないの?」

「だって愛理の私服はいつでもゴスロリだろ」

「パジャマは十二単だもん」

「重っ!つーか着るの面倒だな!」


 私にとってのゴスロリ服は、ジョン・○ノンにとってのオ○・ヨーコのようなものである。幼い頃は完全に母親の着せ替え人形へと成り下がっていたが、今では自分に様々な洋服を着せるのが趣味になりつつある。


「だからこのゴスロリ趣味も元はお母さんの趣味なんだけどね」

「ウチのファッションセンスもママの影響かも」


 そんなことを言っている彼女の母親は、本物のファッションデザイナーである。その血を引いているせいか、真綾ちゃんのファッションセンスもずば抜けていて、トレンドとかいうものに非常に敏感だ。


「真綾ちゃんがよく言ってる『トレンド』っていうやつの情報はどこから仕入れてるの?」

「ほら、ウチは読モやってるからさ」

「タランチュラ的な?」

「毒蜘蛛じゃねえからな?」


 真綾ちゃんはその美しさゆえ、読者モデルなるものを学生と兼業しているらしい。所謂二足の草鞋である。しかしそれは彼女の器用さが有ってこそ成り立つもので、あまりに不器用すぎて好きな人の前では「しゅき、ですっ!あっ……」となってしまう私とは雲泥の差だ。


「真綾ちゃんは淫乱だなぁ」

「そっとディスるな。てかどういうことだよ」


 彼女の男漁りテクニックに感心していると、私達はいつの間にかカフェの前までやってきていた。レディースデーだというのに男性客が非常に多いのは気のせいだろうか。


「いらっしゃいませー」


 可愛らしい女性店員の爽やかな挨拶が聞こえた。早速私達が空席に腰を下ろすと、先ほど挨拶した店員がトタトタと駆け寄ってくる。


「ご注文がお決まりになりましたら……あれ、日向さんと武者小路さん?」


 いきなり苗字を呼ばれたことに私達は驚き、店員の顔を覗き見た。大きなまんまるメガネにゆるふわ三つ編み。おっとりとした雰囲気を纏う彼女はニコニコしている。


「ללא שם: מצטער, אבל מה שמך?」

「あーごめん、こいつは苗字で呼ばれるとヘブライ語を話し始めるんだ」

「『ごめんなさい、名前なんでしたっけ?』ですか。一応クラスメイトですけどね」

「なんで分かるんだよ!」


 お分かりいただけただろうか。ヘブライ語が通じた瞬間である。これでは苗字呼びに対する報復とは言えないので、どうやら言語を更に変える必要があるらしい。

 ラテン語かヒンディー語か迷っていると、真綾ちゃんはギロリとこちらに目を向け、口を開いた。


菱月(ひしづき)沙菜(さな)。二年三組の学級委員長様だぞ」

「ひ、日向さん!そんなに偉い役職じゃないですよ……」

「真綾でいいよ。そっちのヘブライ人は愛理って呼んでやって」


 真綾ちゃんはとことん無慈悲である。高校入学以来の親友の国籍すら間違えるとは。だから私は声を大にして言おう。アイアムジャパニーズ、センキュー。

 それにしても沙菜ちゃんは、ものすごく可愛い。真綾ちゃんとはまた違った、所謂愛くるしさを身に纏っている。男性が十人いれば住人が振り返って、その後何食わぬ顔で正面を向いたが誘惑に負けて二度見してしまうくらいには可愛い。こうなると私にのしかかる膨大な劣等感が私の人生設計を狂わせようとまでしてくる。休日に素敵な夫と子供を連れて夢の国に行きたい人生だった。


「もしかして男性客が多いのも、沙菜ちゃん目当てなのかな?」

「あー、割とあり得るな」

「も、もう!からかわないでくださいよ!それよりご注文を!」

「忘れてた。ウチはレディースセットで」

「じゃあ私はウィンナーコーヒーと生卵を三つ」

「ねーよ。てか食うのかよ」

「かしこまりました」

「あるのかよ!」


 真綾ちゃんは一体、レディースセットのスクランブルエッグが何でできているのか知っているのだろうか。出来合いのものを出す店がここまで繁盛するはずなど無いだろうに。なんだか不思議に思えたので、私は真綾ちゃんを凝視することとした。


「……なんだよ、その疑念を孕んだ視線は」

「今『孕んだ』って言った?やっぱり淫乱だなぁ」

「どうしてそんなに思考が飛躍するんだよ」


 彼女は疲れ気味の表情で私にそう言った。昨晩は眠れなかったのだろうか。となると彼女はショートスリーパーではないらしい。私は彼女が可哀想だと思いながらも、ついうっかり鼻で笑ってしまった。

 それから少しして、沙菜ちゃんが料理を運んできた。


「お待たせしました。こちらレディースセットのスクランブルエッグとソーセージ、サラダとライスです。それで、こちらがウィンナーコーヒーと生卵を三つです」

「ありがとうございます!」

「マジで生卵を食うのか……」


 運ばれてきたコーヒーと生卵。しかし私は、そこにある違和感に気が付いた。


「おかしいな、間違えちゃったのかな。ソーセージ貰うね、真綾ちゃん」

「へ?まあ肉は嫌いだからいいけど」


 もしかするとオーダーをミスしてしまったのかと思い、私は向かいに座る真綾ちゃんの皿から、ソーセージをフォークで取った。そしてそれを、コーヒーに潜らせる。


「変だと思ったんだよね。ウィンナーコーヒーなのに変なホイップが乗ってるし」

「バカ!ウィンナーコーヒーってのは『ウィーン風のコーヒー』って意味で、コーヒーの上にホイップクリームを乗っけたものをそう呼ぶんだよ!」

「え、そうなの?てっきりウィンナーが入ったコーヒーだと思ってたよ」


 美味しそうなソーセージを取られたことによる怒りからか、真綾ちゃんは口を開くたびに私を罵ってくる。それに耳を貸すのもうんざりだったから、私はとりあえずソーセージを口に運んだ。うむ、ソーセージが持つくどいほどの肉々しさがコーヒーの苦味と微々たる酸味によって中和され、微妙かつ絶妙な何とも言えない味である。

 だが私は、致命的なミスを犯していることに今更ながら気が付いてしまった。


「これ、太さ的にウィンナーじゃなくてフランクフルトだ!」

「最高にどうでもいい」


 平日と変わらぬ、真綾ちゃんの冷たい愛のツッコミが健在であることに底知れぬ安堵を覚え、私は胸を撫で下ろした。胸はないから撫で下ろしやすい。

 そんなこんなで食事を楽しんでいると、周囲の男性客のうち、一人が声を上げる。


「可愛いなぁ、天然の黒髪貧乳娘。俺タイプなんだよ」

「えー、俺は向かいの金髪ギャル子ちゃんの方がいいわ。超美人じゃん」


 チラホラと聞こえてくる欲望全開の会話に、真綾ちゃんは気分を悪くした様子で言った。


「もしかしてあいつら、女性客目当てで来てんのか」

「こんなオシャレなお店でやることじゃないけどね。それにしても私にモテ期が来るなんて」

「そこ喜ぶとこかよ!」


 改めて回りを見渡すと、殆どの男性客は若々しく、私達と同年代くらいなのではと考えられる。そしてこのカフェの主な客層は楠降高校の生徒。やはりチャラ男共がこぞって女狩りに足を運んでいたのだった。

 私達は急いで食事を平らげ、すぐに店を出る支度をした。しかしレジ前では質の悪い男子生徒がたむろしており、会計に赴くことすら憚られる。どうしようかと私達が手を止めていると、奥から沙菜ちゃんが姿を現した。


「あ、沙菜ちゃんが出てきたよ!」

「見りゃ分かる。けど大丈夫か?」


 私達二人だけでなく、店中の男子生徒がこぞって彼女の方を見る。そこには私達の知る菱月沙菜ではない、得体の知れぬ修羅がいた。


「おいてめえら、何レジ前でたむろしとんじゃボケェ!」


 彼女の右手には竹刀、左手には拳銃。


「こっちの竹刀でしばかれてえか、それともこっちのチャカで脳天ぶち抜かれてえか選べ」

「お、落ち着こうぜ嬢ちゃん」

「選べっつってんだろこの猿!嫌なら出てけ社会のゴミが!」


 沙菜ちゃんは悍ましい言葉をべらべらとまくし立て、続けざまに右手の竹刀で床を思い切り叩いた。突き抜ける打音に男達は顔を真っ青にし、身を翻して店の外へ逃げていってしまった。


「あれって、菱月沙菜じゃねえか?」

「一年の時から楠降高校の不良を牛耳って『楠降の女番長』とか言われてた奴だろ」

「なんでこんなところにいるんだよ……」


 なんだか今、ものすごい二つ名が聞こえた気がした。しかしもう一度その名が男性客から発せられることはなく、彼らは皆静かに会計を済ませ、店を後にした。

 目を丸くして唖然とする私達の元へ、竹刀と拳銃を持ったままの沙菜ちゃんが駆け寄ってくる。


「ごめんなさいね、驚かせちゃって」

「いやいいんだけどさ。あんた、その両手に持っているものは……」

「竹刀は現役のものですよ。私、去年の夏に剣道のインターハイで個人戦優勝したんですよ!」


 気分転換にと訪れたカフェで、クラスメイトのハイスペックぶりが露呈した。そういえば昨年の夏頃にホームルームで担任が言ってたような気がする。


「それで、その拳銃はあんたの私物?」

「いえ、これは父が密輸入したベレッタです!」


 まずい。このままでは私がボケる隙を見つけられない。しかしこうも沙菜ちゃんの強烈なキャラ設定が飛び出してしまっては、流石の私も頭の回転が止まりそうだ。

 私と真綾ちゃんは彼女の話を愛想笑いで聞き流し、一先ず会計を済ませて外に出た。ゆっくりと歩く帰路の途中で、真綾ちゃんが口を開く。


「厨房の方に書いてあった食品責任者の名前、苗字が菱月だった」

「そっか。じゃああのお店は沙菜ちゃんのお家なんだね」

「この後、時間ある?ウチの家に寄っていきなよ」

「いいの?ありがとう」


 カフェであんな一幕があったとはいえ、まだ日は高い。真綾ちゃんとの休日にしては物足りない気もしていたし、私にとっては丁度よい誘いだった。


「沙菜ちゃんのお父さん、話を聞く限り壮絶なお方だね」

「レジ前の奴らを脅してる時の口調、完全に極道だったからな」

「やっぱり性格って遺伝するのかな。私もお父さんの文才が遺伝してるかも」

「お父さん、ねぇ」


 亀宛らの鈍い足取りで、私は真綾ちゃんのお家の前までやってきた。非常に立派な家で、真綾ちゃんはお母さんと二人でこの家に住んでいる。


「うっひゃー、やっぱり大きいね」

「まあ二人で住むには勿体無い一戸建てだけどな。でも時々こうやって愛理が来てくれるから、ウチも持て余さずに済みそうだよ」

「もしかして私、真綾ちゃんのお役に立ってる?」

「ウチはどうか知らんが、あんたが来るとママが喜ぶんだ」


 喜々として話す私の右隣にいる真綾ちゃんは、少し淋しそうな目をしていた。


「パパがこの家から居なくなって、もう半年になるからね」

「そう、だよね。真綾ちゃんのお父さんは、もうこの世には……」


 その刹那。視界の端から閃光と見紛う平手が飛んでくる。その右手は私の頭部に清々しいほど命中し、私の脳を揺るがした。


「今は宇宙に滞在中だよ!紛らわしい言い方をするな!」

「えー、間違ってはいないじゃん」

「この世ってワードが曖昧なんだよ!」


 いつも通りのふざけたやり取りを終え、私は真綾ちゃんと二人で彼女の家に上がった。

 新たな友達、新たな一面。休日はこうして楽しく過ぎていく。不満といえば、真綾ちゃんのお母さんが私のゴスロリ服にダメ出ししたことくらいだった。

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