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あなたの「大丈夫」、買い取ります  作者: きびだんご


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18/24

第18話 来られない日の手伝い

 玄関の前に、食料の入った袋が届いた。

 朔は配達の通知を確かめ、扉を開けた。人の姿はもうなかった。

 袋には水と、温めるだけの粥と、ゼリーが入っていた。千帆と電話で相談し、自分で注文したものだった。

 机へ運ぶと、スマートフォンから妹の声がした。

「届いた?」

「うん」

「じゃあ食べて。私はそろそろ戻る」

 背景に、誰かの笑い声が聞こえた。

 千帆は友人と出かけていたらしい。

 自分のために、その時間を少し抜けてくれたのだ。


「ごめん」

「次は、ありがとうでいい」

「ありがとう」

「あと、明日もつらかったら、ちゃんと相談してね」

 電話が切れた。

 朔は粥を温め、椅子に座って食べた。

 誰も部屋にはいない。

 それでも、ひとりで全部考えている感じはしなかった。


 翌朝、熱が続いたので、近くの医療機関へ連絡して受診した。

 休養するよう言われ、滝沢へ、週明けの出勤は体調を見て連絡すると伝えた。

 休みの日にも確認するつもりだったデータが、頭に浮かんだ。

 しかしノートパソコンは開かなかった。

 必要な場所だけ滝沢へ伝え、引き継いだ。


 昼すぎに千帆が来た。

 昨夜とは別の袋に、着替えと食料を入れていた。

「来ないと思ってた」

「昨日は行けないって言った」

 千帆は靴を脱ぎながら答えた。

 朔は布団の上で少し笑った。

 昨日断られたことを、今日から先の全部に広げていた。


 千帆は流しの皿を見て、勝手には洗わなかった。

「これ、洗っていい?」

「助かる」

「洗濯は?」

「今日はしなくていい」

「了解」

 やることが一つずつ決まった。

 それを聞くのが面倒ではないかと朔が言うと、千帆は首を振った。

「全部やるつもりで来たんじゃないから。私も夕方には帰る」

 前なら、遠慮しているのだと思ったかもしれない。

 今日は、そのまま受け取れた。


     *


 食事のあと、千帆は青いマグカップを鞄から出した。

「持ってきちゃった。これ、手に馴染むんだよね」

 朔の部屋で湯を注ぎ、窓際の椅子に座る。

 カップが一度引っ越して、また戻ってきたことが、朔には可笑しかった。


「律さんとは、どう?」

 千帆が聞いた。

 朔は、冊子を作りかけて止まったことを話した。

 魔法の店については、まだ説明していない。

 けれど、勝手に申し込んだことは、不思議な仕組みを抜きにしても話せた。


「お兄ちゃん、それやるよね」

 千帆は驚かなかった。

「何を」

「喜ぶだろうって、先に決めるの」

 朔は布団の端を握った。

「引っ越しのときも、本の箱から運ぼうとしたでしょ。重いほうが役に立つと思って」

「それは」

「手が痛いなら、軽いやつを最後まで運んでくれるほうが、私は助かる」

 千帆はコーヒーを飲んだ。

 責めるために列挙しているのではなく、前から知っていたことを説明している顔だった。


「俺、いい兄じゃなかったな」

「そうやって全部まとめないで」

 千帆は即座に言った。

「駅まで迎えに来てくれたこととか、入試の前に弁当作ってくれたこととか、普通に嬉しかったよ」

「じゃあ」

「嬉しかったことも、困ったこともある。それだけ」

 朔は天井を見た。

 全部がよいか悪いかでないと、自分をどう扱えばいいか分からなくなる。

 千帆は、そんな兄をずっと見ていたのかもしれなかった。


「この前、三年前に困ってたか聞いただろ」

「うん」

「誰かに気づけなかったことが分かって、それで、お前にも確かめたかった」

 千帆は黙って聞いた。

「自分が知らない間に、何か見落としてたのが怖かった。聞く理由が、半分、自分のためだった」

「半分なら、別に」

 思いがけない答えだった。

「全部私のためじゃなくても、聞いてくれるならいい。ただ、答えたあとに、何で言わなかったって言われるのは嫌」

「分かった」

 朔はその言葉を、すぐに守れる保証のようには使いたくなかった。

「また言ったら、止めて。俺も気をつける」

「止めるけど、ずっと見張る係はしないからね」

「うん」


 夕方になると、千帆は自分のカップだけ洗った。

「また持って帰る」

「置いといてもいいよ」

「私が使うの」

 笑いながら、鞄へしまった。

 朔は玄関まで見送った。

 帰る人を引き止めたくなる気持ちはあった。

 口には出さずに我慢するのではなく、別の頼み方を考えた。


「明日、夜に五分だけ電話していい?」

「八時半なら」

「分かった」

「具合悪くなったら、そこまで待たないで連絡して」

 千帆は靴を履き、扉を開けた。

 予定が一つ残った部屋へ、朔は戻った。


     *


 千帆が帰ったあと、朔は妹が置いていった袋を片づけた。

 中に、講座の申込書の控えが一枚紛れていた。

 勝手に読む前に連絡すると、間違えて入れたらしい。

『そこ置いといて。今度取りに行く』

 それから、もう一通。

『申し込んだ』

 朔は、よかった、と打った。

 続けて、大丈夫、と書きそうになり、何に対して言うのか分からず消した。

『どの授業が最初?』

 千帆から、聞いたことのない演習の名前が届いた。

 そのあと、少し楽しみで少し不安だと続いた。

 朔は自分もそんなふうに、二つの気持ちを並べて言えるようになりたいと思った。


 妹の控えをファイルへ入れるとき、引っ越しの日に自分が言ったことを思い出した。

 早く引っ越せばよかったのに。

 家賃だけでなく、新しいことを始める準備があったのかもしれない。

 どの時点で人が決めるかを、結果を知ってからなら簡単に批評できる。

 自分が三千円を返すまでにも、何度も店へ行き、決めずに帰った日があった。


 翌晩の電話では、千帆の講座の話を先に聞いた。

 聞いているうちに五分を過ぎたので、朔は時間を確かめた。

「あと少し話せる?」

「今日は十分くらいなら」

「じゃあ、続き聞かせて」

 自分のために確保した時間が、妹の話を聞く時間にもなった。

 どちらが支えているかを、その場で数える必要はなかった。


 電話を切ったあと、朔は熱が少し下がっていることを確かめた。

 体調が戻れば、また忙しくなる。

 忘れてしまうこともあるだろう。

 今日言えたことを、二度と失敗しない証拠にはしなかった。

 明日の予定を減らしたままにして、早く布団へ入った。


 月曜日、復帰する前に、滝沢と電話で仕事の割り振りを確認した。

 未処理の案件は一部が別の担当へ移っていた。

 朔は、自分の席がなくなるような不安を感じた。

 しかし担当が減ることと、いらない人間になることは違う。

 そう言い聞かせながら、戻る仕事を二件に絞って確認した。


 菜月からは、照合用の一覧が送られてきた。

『この形式で合ってますか』

 朔は修正を二点だけ返し、礼を書いた。

 全部作り直すことはしなかった。


 夜、律へ連絡した。

 体調を崩したことを、心配してもらうために使わないよう迷ったが、連絡が遅れた事実として短く伝えた。

『制作の結論は急がなくていい。俺は、決めた範囲を守って一緒に作りたい。続けない選択なら、それも受け取る』

 送信後、返信を待つ画面を閉じた。

 机には、千帆の講座の控えも置いてあった。

 朔はそれを忘れない場所へ移し、明日の支度を始めた。

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