1 見えない嵐
海風が、いつも通り潮の匂いを運んでくる。
宿の窓辺に立つステラの髪をなびかせている。
「……平和、だね」
ステラがぽつりと呟いた。
しかし、その声には安心よりもどこか落ち着かない響きが混じっていた。
「表面上はな」
ゼフは空を見上げたまま答える。
風の流れは穏やかなのに、奥の方で何か大きなものが動いている気配が消えない。
ルクスは腕を組み、城の方角を睨んでいた。
「王様……シリウス。
あの人、あの場で精霊を縛ってるのを見ても、顔色ひとつ変えなかった」
ヴァルカが低く鼻で笑う。
「よりよい世界を作るためだって言い訳してたけどな。
精霊を守るってより、縛って利用してるだけだろ」
フィリアは少しだけ視線を伏せる。
「精霊を管理対象として見てる目だった……。
仲間を見る目じゃない」
その言葉に、ステラの胸がきゅっと痛んだ。
(やっぱり……シリウスは……)
城で見た姿。
地下で精霊が鎖に繋がれていた光景。
そして、あの静かな声で放たれた勧誘。
『君たちの力があれば、世界はより平和に近づく』
優しそうに聞こえるその言葉の奥には、自由を認めない冷たさがあった。
リオネルが、ステラの方を見る。
「……つまり、あの王様は敵ってことだな」
短いけど、はっきりした言葉だった。
ステラは一瞬だけ目を閉じてから、うなずく。
「うん。
シリウスは……世界を守りたいんじゃない。
世界を、思い通りにしたいんだと思う」
その瞬間。
遠くの城の方角から、微かな魔力の波動が走った。
誰もが同時に顔を上げる。
「今の……」
ルクスが眉をひそめる。
「……地下の方からだ。
魔力が気づかれないように抑え込まれてる」
ステラの胸に、嫌な予感が広がる。
精霊を縛る術。
世界規模の結界。
アルドラの実験。
(まだ……終わってない)
むしろ——
ここからが、本当の始まりなんだ。
ステラは、海の向こうに広がる空を見つめながら、そっと拳を握りしめた。
「……みんな。
多分、これからもっと大きなことが起きる」
ゼフが隣で、静かに笑う。
「今さらだろ。
あいつらを相手にする覚悟なら、もう決めてる」
仲間たちも、誰一人として引かなかった。
全員が決意を固めている中、ルクスが突然顔を上げた。
「……待って」
「どうした?」
「今の魔力……地下だけじゃない」
ルクスの声が、わずかに震える。
「ファラサの外にも、同じ魔力が流れてる」
その瞬間、全員が息を呑んだ。
シリウスとアルドラ。
2人の計画は、もうネレイス王国だけのものではなかった。
地下に隠された術式は、世界に広がっていく。




