4 精霊の檻
城を歩いていると、またふいにルクスが立ち止まった。
すると、急に方向転換をして、違う方向へと歩いて行く。
歩いて行った先には、地下へと続く階段があった。
城の地下へ続く階段は、ひどく静かだった。
上の階で聞こえていた人々の声や海の音が、まるで嘘だったみたいに遠くなる。
「……嫌な感じがする」
ルクスが小さく呟く。雷の精霊として、魔力の流れには人一倍敏感だ。
「結界の中心に近づくほど、精霊の気配が増えてる」
ステラは何も言わず、その言葉を胸に刻むように歩き続けた。
ゼフも、普段よりずっと無口だった。風が、彼の周囲でかすかにざわめいている。
やがて、巨大な扉の前に辿り着く。
扉が開いた瞬間、冷たい光が溢れ出した。
そこは、巨大な魔法陣の間だった。
床一面に刻まれた複雑な術式。天井から垂れ下がる黒い鎖。そして――
宙に浮かぶ、無数の精霊たち。
水の精霊、風の精霊、土の精霊、光の精霊……
皆、半透明の水晶に封じられ、鎖で魔法陣と繋がれている。
意識はあるはずなのに、目は虚ろで、声を上げることすらできない。
魔法陣には、精霊たちの魔力を奪う術式が刻まれていた。
「……こんなの……」
フィリアの声が震えた。
「守護じゃない。ただの……搾取よ……」
その言葉に、ステラの胸が締めつけられる。
精霊は搾取をする存在じゃない。人と共に生きる存在だ。
なのに今、彼らはただの魔力の資源として扱われている。
その時。
「感情的になる必要はない」
背後から、静かな声がした。
振り向くと、そこに立っていたのはアルドラだった。
いつもの冷たい微笑みを浮かべ、まるで研究成果を見せる学者のような目で、精霊たちを見上げている。
「これは実験だ。
精霊が意志を失えば、世界は完全に制御できる」
ゼフの風が、ぴり、と鋭く揺れる。
「制御……?」
アルドラは淡々と続けた。
「王——シリウスが望むのは秩序だ。
争いのない世界。混乱のない世界。
そのためには、人も精霊も、感情や自由意志という不確定要素を排除する必要がある」
ステラは一歩前に出た。
「それが……世界を守るってこと?」
アルドラは、少しだけ目を細めた。
「守る、というより……管理すると言う方が正しい。
世界規模の結界。
すべての精霊の力を束ね、命令に従わせる魔術。
それが完成すれば、この世界は一つの意志のもとで動く」
その瞬間、ステラの頭に、断片的な記憶が走った。
——玉座の間。
——白い光。
——並んで立つ、銀髪の王と、黒衣の魔術師。
「……あ……」
思わず、声が漏れる。
アルドラは、その反応を見逃さなかった。
「やはり、思い出し始めているか」
静かな声で、決定的な言葉を落とす。
「君とゼフィロスの絆の契約は、この計画にとって唯一の不確定要素だった。
精霊を支配する世界で、対等に共鳴し合う契約は……あまりにも危険だ」
ゼフが低く息を呑む。
「だから……記憶を……?」
「そうだ。
世界を救える存在は、管理する側にとって最も邪魔な存在でもある」
その時、結界の奥から、かすかな声が聞こえた。
『……たす……け……て……』
風に溶けるような、弱々しい声。
『……まだ……自由に……空を……』
ゼフの周囲の風が、怒りを帯びて渦を巻く。
ステラは、拳を強く握りしめた。
守るための秩序なんかじゃない。
これは、縛るための世界だ。
そして——
その世界に対抗できる可能性があるのは、絆で結ばれた契約者のみ。
ステラは、真っ直ぐアルドラを見据えた。
「……そんな世界、認めない」
静かだけど、確かな決意を宿した声だった。




