11 平和の裏で
王城の最奥。
分厚い結界に守られている、誰の立ち入りも許されない部屋の中。
床一面に広がる巨大な魔方陣の中心には、黒い魔力が脈打つように流れていた。
術式が鎖のような形をとって空間に浮かび、精霊の力を縛り、集め、制御するための準備が着々と進められている。
その前に立つのは、銀髪の王、シリウス。
何もせず、ただ静かに術式を見つめていた。
その背後で、影が揺らいだ。
「シリウス。2人の記憶の封印が、揺らぎ始めている」
黒い霧から現れたアルドラが淡々と告げる。
「先ほどの地下での接触で、ステラは過去の断片を見ているような行動をしていた。
完全ではないが、あの契約の真実と我々の計画の存在に勘づき始めているだろうな」
アルドラの報告を聞いても、シリウスは表情を変えない。
「想定内だ。絆の契約は、完全に縛ることはできない。
微弱でも、共鳴が長く続けば封印は弱まり、いずれは思い出す」
「思い出した時は、どうする?」
アルドラの問いに、ずっと魔術式を見ていたシリウスはゆっくりを視線を上げた。
「……だからこそ、次の段階に進む。
世界を統一するための魔術は、もう後戻りできないところまで来ている」
その言葉に反応するように、黒い魔力が脈打つように動く。
「精霊も人も、秩序の中に置く。
あの絆の共鳴が完全に目覚める前に」
アルドラは静かにうなずいた。
「では、準備を始めよう。次は……より大規模な実験を」
2人の足元で、魔方陣が暗く輝く。
同じ空の下。
ファラサの港は、穏やかな潮風に包まれていた。
青い海、白い帆船、空を舞うカモメの影。
屋台からは焼き魚の香ばしい匂いが漂い、人と精霊の笑い声が混ざり合っている。
「うおー! この魚、めちゃくちゃうまそうだな!」
リオネルが目を輝かせる横で、ルクスも少し興味を持ったように焼かれている魚を見つめる。
子どもたちがフィリアの魔法で作り出した雪の球を追いかけ、ヴァルカが小さな炎で屋台を手伝い、店主に感謝されて照れている。
そして、少し離れたところでステラは海を眺めていた。
潮騒の音。
暖かな光。
仲間たちのにぎやかな声。
穏やかで平和なはずなのに、胸の奥がかすかにざわつく。
(……何か、大きなことが動いてる、気がする)
理由はわからない。しかし、夢の中で見た銀髪の王と黒衣の魔術師の姿が、頭から離れなかった。
その隣に、ゼフが静かに立つ。
「ステラ。無理をしなくていい。今は、ゆっくり休もう」
こちらを見つめる翡翠色の瞳は、いつも通り優しい。
でも、どこか遠くを警戒するようでもあった。
港の上空を、風が吹き抜ける。
平和な声と光の中で、誰も気づくことはない。
ゆっくりと、しかし着実に。
世界を縛るための計画が進められていることを。




