10 記憶の断片
アルドラの姿が、黒い霧に溶けるように消えて少したってから。
張り詰めていた空気が一気にほどけて、ステラの膝から力が抜ける。
ゼフが名前を呼ぶ声が、遠くで響いた気がした。
「ステラ!」
次の瞬間、視界が白く弾けて——
白い石の床。高い天井。どこか神殿のような場所。
その中央に、二つの影が並んで立っていた。
一人は、王の装束をまとった銀髪の男。
もう一人は、黒い外套の魔導師。
声が聞こえる。けれど、ノイズが入っていて、途切れ途切れにしか聞こえない。
『精霊を……管理し……ば、世界は……』
『あの契約は……危険だ……共鳴が……』
『絆が……強くなりすぎれば……世界の均衡が……』
銀髪の男が、静かに言う。
『だから……記憶を……封……』
黒い外套の男がそれに応える。
『……あの二人は……特別だ』
その言葉と同時に、視界の端に、自分自身の姿が映る。
ゼフと横に並び、手を取り合い、強い光に包まれている過去の自分。
そして、アルドラと——シリウス。
二人が並んでこちらを見ている。
「……っ……」
胸の奥が、締め付けられるように痛んだ。
*
「――ステラ!!」
はっと目を開けると、天井の木目が見えた。
見慣れた宿の部屋。ファラサの、あの宿だ。
すぐそばにゼフがいて、翡翠色の瞳が不安そうに揺れている。
「……起きた……」
その声に、周りが一斉に動く。
「おい、大丈夫か!?」とリオネル。
フィリアがそっと額に手を当てて、「熱はないわね……」と安心したように息をつく。
ルクスとヴァルカは珍しく喧嘩せず、黙ってこちらを見ていた。
ステラはゆっくりと身を起こしながら、さっきの夢を思い出す。
白い神殿。
並んで立つ、シリウスとアルドラ。
そして——
「……計画……」
無意識に、そう呟いていた。
ゼフの表情がわずかに強張る。
「……何か、思い出したのか?」
ステラは首を振る。
「全部じゃない。でも……あの二人が一緒にいて、何か……世界のことを話してた。
精霊と、契約と……それから……私たちのことも……」
言葉にするほど、胸の奥がざわつく。
自分は、確かに知っていた。
シリウスとアルドラの計画を。
でも、それを思い出そうとすると、まだ霧がかかっている。
ゼフは何も言わず、ただそっと、ステラのそばに座り直した。
「……無理しなくていい。思い出す時は、きっと来る」
その声は優しかったけど、どこか覚悟の色を帯びていた。
ステラは小さくうなずき、窓の外を見る。
海風に揺れるファラサの街は、いつもと変わらず穏やかだ。
でも、その裏で——
世界を縛ろうとする計画が、静かに動き続けている。
そして、自分とゼフは、その鍵であることだけは、はっきりと感じていた。




