3 平和な街
宿から出て、近くにあった街に向かう。
街に入った瞬間、空気が変わった。
どこか懐かしくて、あたたかい匂い。
石畳の道に、並ぶ白い建物。風に揺れる旗と、遠くで鳴る鐘の音。
パン屋からは甘い香りが漂ってきて、子どもたちの笑い声が弾んでいる。
「なんか、平和だなぁ!」
リオネルが伸びをしながら笑う。
「うるさい。少しは周りを見なさいよ」
フィリアが呆れたように言いながらも、どこか表情は柔らかい。
ルクスは空を見上げて、目を細める。
「風の流れが穏やかだ。……この街、嫌いじゃない」
その中で、ステラだけが、少しだけ足を止めていた。
胸の奥が、きゅっと締めつけられる。
理由は分からない。
でも――
(……来たこと、ある気がする)
初めて訪れたはずの街なのに。
噴水の位置も、鐘の音の響き方も、全部が知っているみたいで。
ゼフは何も言わず、ただステラの横顔を見ていた。
彼の胸の奥にも、はっきりとした既視感があったから。
その時。
「……う、うぅ……」
小さな泣き声が、路地の奥から聞こえた。
駆け寄ると、そこには泣いている幼い子どもと、
その影に隠れるように、小さな風の精霊が震えていた。
「この子、怖がって出てこなくなっちゃって……」
子どもが不安そうに言う。
風の精霊は、黒い影のような不安をまとい、
人にも精霊にも近づこうとしなかった。
ステラはゆっくりとしゃがみ込む。
目線を合わせて、そっと手を差し出した。
「大丈夫」
声は小さくて、でもまっすぐだった。
「無理に出てこなくていい。
でも、ひとりで苦しまなくていいんだよ」
風の精霊はびくっと震え、
それでも、少しずつ、少しずつ――差し出された手の方へ近づく。
その瞬間。
ゼフの脳裏に、閃光のような記憶が走った。
――森の中。
――泣いている精霊。
――同じように手を差し出す、もっと幼いステラ。
(……やっぱり)
この光景を、彼は知っている。
風の精霊は、そっとステラの指先に触れた。
ふわりと、あたたかい風が舞う。
「……ありがとう」
小さな声が、確かにそう囁いた。
少女がぱっと顔を明るくして笑う。
「お姉さんたち、ありがとう!」
「どういたしまして」
「あ、この街で精霊に詳しい人とかいないか?」
ゼフが少女に問いかける。
少し考えるふりをして、答えてくれた。
「ん~。精霊のことたくさん知ってる人がいるかわかんない。
けど、神殿に行けば、精霊のこと、もっと分かるかも!」
その言葉に、ステラの胸が再びざわめいた。
街のはずれ。
高くそびえる、古い精霊神殿。
時を重ねた石の扉が、静かにそこにあった。
なぜか分からない。
でも、心が強く引き寄せられる。
「……ここ」
ステラは無意識に呟く。
「初めてのはずなのに……
どうして、懐かしいんだろう」
ゼフは答えなかった。
ただ、その扉を見つめる瞳が、わずかに揺れていた。
そして――
重厚な扉が、ゆっくりと軋みを上げて開き始める。
その先に、
ステラの過去へと続く真実が待っていることを、
まだ誰も知らなかった。




