8 氷に閉ざされた声
冷気が、地面を這う。
白い霜が一瞬で広がり、空気さえも凍りつく。
「……っ」
ステラは足を止めた。
目の前にいるのは——氷の精霊。
透き通るような身体。
けれどその周囲には、
黒い鎖が絡みついている。
「……苦しそう」
ぽつりと、こぼれる。
次の瞬間。
氷の刃が、無数に生まれた。
——来る。
「ステラ!」
遠くでゼフの声が響く。
だが。
「……大丈夫」
ステラは、小さく息を吸って、走り始めた。
氷の刃がステラに迫る。
直前で、風がわずかに揺れる。
軌道が、逸れる。
かすめるようにして、横を通り過ぎた。
それでも。
ステラは、攻撃しない。
ただ、見つめるだけ。
「ねえ……」
静かな声。
氷の精霊——フィリアの動きが、わずかに止まる。
「本当は、戦いたくないんだよね?」
その言葉に。
空気が、震えた。
フィリアの身体に絡む黒い鎖が、わずかに軋む。
「……っ」
苦しげな、声にならない声。
再び氷が生まれる。
けれど。
その動きは、さっきより鈍い。
「無理しなくていいよ」
ステラは一歩、前へ出る。
「あなたの力は、誰かを傷つけるためのものじゃない」
風が、優しく流れる。
冷たい空気を、包み込むように。
「怖いよね」
静かに、寄り添う声。
「操られてるのも、自分の意思じゃないのも」
フィリアの瞳が、揺れる。
「でも——」
ステラは、まっすぐ見つめて。
「それでも、あなたはあなたでしょ?」
その瞬間。
——パキン、と。
小さな音がした。
黒い鎖に、ひびが入る。
「……!」
フィリアの動きが止まる。
氷が、崩れ落ちる。
「戦わなくていい」
ステラが、そっと手を伸ばす。
「大丈夫だよ」
フィリアの中で。
何かが、確かに変わった。
「……ぁ……」
かすかな声。
それは——拒絶じゃない。
意志。
黒い鎖が、強く締まる。
まるで押さえつけるように。
だが。
「いや……」
かすかな、でも確かな声。
「……戦いたく、ない……!」
その叫びと同時に。
——バキンッ!!
鎖が、大きく砕けた。
黒い欠片が、空中で霧のように消えていく。
冷気が、一瞬で和らぐ。
フィリアの身体から、歪んだ魔力が抜けていく。
静寂。
そして。
「……ありがとう」
澄んだ声。
先ほどとは違う、穏やかな響き。
フィリアは、ステラを見つめていた。
もう、敵意はない。
ただ、少しだけ寂しそうに。
「あなたのおかげで、元に戻れた」
ステラは、ほっと息をつく。
「よかった……」
そのとき。
遠くで雷が弾ける音。
炎が轟く気配。
戦いは、まだ終わっていない。
フィリアが、視線を向ける。
「まだ……他にも」
「あの子たちも……?」
ステラの問いに、静かに頷く。
「同じように、縛られてる」
ステラの表情が引き締まる。
「……助けないと」
迷いのない声。
フィリアは、少しだけ微笑んで。
「なら、力を貸すわ」
冷たい風が、今度は優しく舞う。
「あなたなら、きっと届く」
ステラは強く頷いた。
そして——
次の戦いへと、駆け出す。




