3 過去の残響
遺跡の中は、思ったよりも静かだった。
外の風はほとんど入ってこない。
なのに——
「……流れてる」
ゼフが小さく呟く。
「風が……奥に向かってる」
目には見えない。
けれど確かに、何かに引かれるように流れている。
ステラは迷わず、その先へ歩き出した。
足音が、石の床に小さく響く。
壁には、古い紋様が刻まれていた。
擦り切れているのに、
なぜか意味だけは伝わってくる。
「……これ」
ステラが足を止める。
壁の一部に、他とは違う模様があった。
円を描くように連なる線。
その中心に、対になるような二つの印。
「契約するときの魔法陣か……?」
ゼフが眉をひそめる。
ただの魔法陣じゃない。
もっと、古いもの。
「……似てる」
ステラが、そっと手を伸ばす。
「私たちの……」
触れた瞬間。
——視界が、弾けた。
光。
強い風と光が、全身を包む。
足元には巨大な魔法陣。
光が渦を巻いている。
「——大丈夫」
自分の声が、聞こえた。
でも。
今よりも、ずっと迷いがない。
目の前に、誰かがいる。
輪郭はぼやけているのに、なぜか分かる。
(……ゼフ?)
ゼフらしき人影に向かって、ステラは手を伸ばしていた。
「私は、選ぶ。
あはたと、一緒に――」
ステラの決意に、風が応える。
光が強くなっていく。
——そして。
「っ……!」
現実に引き戻される。
ステラは、その場に膝をついていた。
「ステラ!」
ゼフがすぐに駆け寄る。
「大丈夫か!?」
「……うん」
息が少し乱れている。
でも、意識ははっきりしている。
「今の……」
自分の手を見る。
震えてはいない。
「……思い出した、っていうより」
言葉を探す。
「昔の記憶に、触れた感じがする」
ゼフは黙る。
否定できない。
今のは、ただの幻じゃない。
(契約……。
しかも、あれは——)
ゼフは壁の紋様を見る。
ステラと自分の契約に似ている。
「……なあ、ステラ」
慎重に声をかける。
「その記憶の中で、誰かいたか?」
ステラは少し考えてから頷く。
「いたと思う。
でも、はっきり見えなかった」
「……そうか」
ゼフはそれ以上聞かなかった。
遺跡の奥から、風が強くなる。
呼ばれているような、感覚。
ステラは立ち上がる。
「……行こう」
迷いはない。
さっきよりも、少しだけ。
足取りが、確かになっていた。
ゼフはその背中を見る。
(思い出してるんじゃない。
戻ってきてる)
ゆっくりと。
確実に。
遺跡の奥へと進む二人。
その壁には、まだ見ぬ紋様が続いている。
それはまるで——
失われた契約の記録だった。




