2 眠れる遺跡
丘を越えると、空気が変わった。
さっきまでの穏やかな風が、
ここではどこか淀んでいる。
「……人の気配は、ないな」
ゼフが周囲を見回す。
建造物は石造りで、
長い時間を経ているのが一目で分かる。
崩れかけた壁。
苔むした階段。
それでも。
「……」
ステラは、その場に立ち尽くしていた。
遺跡の入り口。
何もないはずの空間を、じっと見つめている。
「どうした?」
ゼフが声をかける。
ステラは、ゆっくりと手を伸ばした。
「……ここ」
指先が、空中で止まる。
触れていない。
はずなのに——
ぱち、と。
小さな音がした。
空間に、淡い光の線が走る。
まるで、見えなかった何かが浮かび上がるように。
「……結界?」
ゼフの声が低くなる。
複雑に絡み合った魔術式。
外からでは気づかないほど精密に隠されていたそれが、
今、露わになっている。
「なんで……」
誰かが触れたわけでもない。
詠唱も、魔力の集中もない。
ただ。
ステラが、そこに手を伸ばしただけ。
「ステラ、離れて——」
言い終わる前に。
すっ、と。
結界が、ほどけた。
音もなく。
抵抗もなく。
まるで——
「……知ってたみたいだな」
ゼフの言葉が、思わず漏れる。
ステラは、自分の手を見つめていた。
「……今の」
ゆっくりと握る。
「分からない。でも……」
顔を上げる。
「ここを触ればいいって、思った」
無意識の確信。
迷いのない動き。
ゼフの背中に、冷たいものが走る。
(間違いない)
(これは——普通じゃない)
ただの才能じゃない。
経験でもない。
知っている動きだった。
封印が解かれたことで、風が遺跡の中へと流れ込む。
開かれた入口。
まるで、歓迎するかのように。
「……入る?」
ステラが振り返る。
その表情は、いつもと同じ。
けれどゼフには分かる。
——何かが、確実に始まっている。
「……ああ」
短く答える。
止める理由は、もうなかった。
二人は、遺跡の中へ足を踏み入れる。
その瞬間。
奥の暗闇で、微かに光が灯った。
それはまるで——
長い眠りから、何かが目を覚ましたようだった。
外の風が、ふっと止む。
静寂。
そして。
遺跡の奥深くで、
かすかな声が響く。
——ようこそ。
誰にも聞こえないほど小さく。
けれど確かに。
ステラにだけ届く声だった。




