10 届かない距離
塔の最奥。
崩れかけた魔力の揺らぎの中で――
ステラとゼフは、アルドラと向き合っていた。
「来ないのか?」
アルドラが軽く首を傾げる。
「それとも――様子見かな」
その声音には、余裕しかない。
ゼフが一歩前に出る。
「その余裕、保っていられるのも今のうちだ」
風が、鋭く収束する。
それを見て、アルドラは不敵に笑う。
「ふっ。試してみればいい」
次の瞬間。
――ドンッ!!
風が爆発するように放たれる。
空間を切り裂き、一直線にアルドラへ。
だが。
「遅い」
アルドラは、動かなかった。
ただ指先を軽く振る。
それだけで――
――バチィン!!
風が、霧散した。
「……っ!」
ゼフの目がわずかに見開く。
今のは、ただ防がれたのではない。
消された。
その隙を縫うように。
ステラが踏み込む。
「――!」
一直線の斬撃。
迷いのない一撃。
だが。
「いい動きだ」
アルドラの声。
「しかし」
――ガキィンッ!!
見えない何かに弾かれた。
ステラの体が後方へと弾き飛ばされる。
「っ……!」
着地するが、足がわずかに滑る。
「……効いてない」
アルドラは、ただそこに立っているだけ。
傷一つない。
「意味のない攻撃だ。
俺には、届かない」
その瞬間。
空気が歪む。
「っ……!」
ゼフが即座に守るように風を展開する。
だが――
――ドォンッ!!
見えない衝撃が、真正面から叩きつけられる。
「ぐっ……!」
ゼフの体が大きく吹き飛ぶ。
壁に叩きつけられ、息が詰まる。
「ゼフ!」
ステラが叫ぶ。
「余所見は危ないよ」
すぐ目の前。
アルドラが、いつの間にか立っていた。
「……っ!」
反応は、間に合わない。
――ドンッ!!
衝撃。
ステラの体が宙に浮く。
床に叩きつけられ、息が漏れる。
「……弱いね」
その言葉は、淡々としていた。
侮りでも、怒りでもない。
ただの事実を伝えるように。
ゼフが立ち上がる。
「……まだだ」
風を纏う。
だが、その流れは先ほどよりも乱れている。
「そう、それでいい」
アルドラは興味深そうに言う。
「抗う姿は、見ていて飽きない」
再び、激突。
風と斬撃。
だがそのすべてが――
届かない。
触れる前に、弾かれる。
消される。
逸らされる。
差は、明確だった。
「はぁ……っ」
ステラが息を整える。
体はもう重い。
それでも、視線は逸らさない。
その時。
ふと――
視界が揺れた。
『――ステラ』
誰かの声。
「……え?」
一瞬だけ、動きが止まる。
目の前にいるはずのアルドラと――
どこか、重なる。
知らないはずの景色。
知らないはずの声。
でも――
知っている気がする。
「……っ」
頭が、わずかに痛む。
アルドラの動きが、止まった。
ほんの一瞬だけ。
「……なるほど」
小さな呟き。
その目が、わずかに細められる。
「やっぱり……」
ゼフが気づく。
「ステラ!」
だがその隙を、アルドラは見逃さない。
――ドォンッ!!
二人同時に、強い衝撃を受ける。
床に叩きつけられ、動きが止まる。
静寂。
アルドラはゆっくりと近づく。
倒れたステラを見下ろしながら。
「思い出すには、まだ早いか」
ぽつりと、呟く。
ステラの目が、わずかに揺れる。
「……何を……」
アルドラは、ほんの少しだけ笑った。
「ステラ。昔の君はもっと――」
一瞬、言葉を区切る。
「面白い存在だったよ」
その言葉だけを残して。
黒い魔力がふっと揺らぐ。
「また会おう」
次の瞬間。
その姿は、消えていた。
残されたのは、崩壊しかけた空間と――
動けない二人。
だが、その奥。
魔術式の光が、まだ不安定に揺れている。
戦いは、終わっていない。




