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風の契約と絆を紡ぐ物語  作者: 蒼燈
離れた心と変わらぬ絆
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6 支配の鎖

神殿の空気が、ひりつくように重くなる。


荒れ狂う風が、壁を削り、床に散らばった石片を巻き上げていた。


その中心に立つゼフの周囲には、黒い魔力が渦巻いている。


アルドラは、ゼフのわずかな揺らぎに気づいていた。


風の刃の軌道が、ほんの少しだけステラからずれていることも。

致命傷を、無意識に外していることも。


ほんのわずかな変化。

注意深く観察していなければ、見逃してしまうほどのものだった。


しかし、アルドラは見逃さなかった。


「……意識が戻りかけているな」


低く呟いたその声と同時に、アルドラは杖を床に打ちつけた。


乾いた音が、神殿に響く。


次の瞬間、ゼフの足元にあった魔法陣が黒く輝いた。

それに呼応するように、壁や天井に刻まれた術式が次々と光を帯びていく。


幾重にも重なる魔法陣が空中に展開し、鎖のような術式がゼフの体を締め上げた。


「命令を上書きしよう。今度こそ、完全に」


アルドラの声は、どこまでも冷静だった。


まるで、実験の手順をひとつ進めるだけだと言わんばかりに。


黒い鎖が、ゼフの腕や脚に絡みつく。

さらに、その一部は身体の内側へと沈み込むように消えていった。


ゼフの喉から、苦しげな息が漏れる。


「……っ、あ……!」


身体が強張り、指先が震えた。


目は虚ろなままなのに、その奥で、必死に何かと戦っているのがわかる。


——ステラ……逃げろ……


声にならない叫びが、胸の奥で渦巻く。


今すぐ彼女のもとへ駆け寄りたい。

その傷を癒やしてやりたい。

もう、これ以上戦わなくていいと伝えたい。


けれど、体は逆らえない。


動こうとすればするほど、意識に絡みついた鎖が強く締まる。


命令が、再び頭の奥に流れ込んできた。


目の前の少女を排除しろ。


抵抗するな。


命令に従え。


「……っ、違う……!」


かすかな声が漏れる。


けれど、その声さえも黒い魔力に呑み込まれていった。


アルドラが杖を持ち上げる。


「さあ、続けようか」


その言葉を合図にするように、ゼフの周囲で風が爆ぜた。


再び、鋭い風が渦を巻く。


今度はさっきよりも強く、荒々しい。


風の刃が次々と生まれ、逃げ場を塞ぐようにステラへと迫った。


「……っ!」


ステラは歯を食いしばり、結界を張って受け止める。


衝撃が腕を伝い、身体が大きく揺れた。


一撃を防いだと思えば、すぐに次の刃が迫ってくる。

結界にひびが入り、光の粒が散った。


ステラは後退しながら、どうにか防御を維持する。


けれど、足元に転がった石片に気づくのが遅れた。


体勢が崩れる。


次の瞬間、風の衝撃に弾き飛ばされた。


「……っ!」


床に膝をついた瞬間、肩をかすめた風が肌を裂き、赤い血が滲んだ。


鋭い痛みが走る。


それでも、ステラは傷口を押さえながら顔を上げた。


目の前には、ゼフがいる。


自分を傷つけようとしている、彼が。


「……ゼフ……」


名前を呼びかけかけて、ステラは唇を噛んだ。


違う。


今、彼に届いているのは、まだわずかな声だけだ。


それでも、諦めるわけにはいかなかった。


その様子を見たゼフの瞳が、ほんの一瞬だけ揺れた。


——やめろ……やめてくれ……!


心は叫んでいるのに、口は動かない。


風は止まらない。


むしろ、アルドラの術に引きずられて、さらに鋭く、さらに冷酷に形を変えていく。


自分の魔力が、ステラを追い詰めている。


彼女が傷つくたび、胸の奥が締めつけられる。

今すぐ止めたいのに、何もできない。


それどころか、次の攻撃を放つために腕が持ち上がる。


やめろ。


頼むから、止まってくれ。


けれど、身体は命令に従ってしまう。


風が集まる。


刃が形作られる。


その切っ先が、再びステラへと向けられた。


ステラはゆっくりと立ち上がった。


肩の傷から血が滲み、呼吸も乱れている。

何度も攻撃を受け止めた腕は重く、指先にも力が入りにくくなっていた。


それでも、彼女は剣を構えなかった。


攻撃はしない。


ただ、避けて、受け止めて、ゼフを傷つけないようにするだけ。


反撃する機会は、何度もあった。


風の刃を放った直後、ゼフの動きがわずかに止まる瞬間。

次の魔術を生み出すまでの、ほんの短い隙。


そこを狙えば、ゼフに攻撃を当てられるかもしれない。


けれど、ステラにはできなかった。


目の前にいるのは、倒すべき敵ではない。


一緒に旅をしてきた仲間であり、いつも隣にいてくれた、大切な存在だった。


だから、何度攻撃を受けても、彼を傷つけるために剣を振るうことだけはできなかった。


「……ゼフィロス」


愛称じゃない、あの名前を呼ぶ。


風の音にかき消されそうな、小さな声だった。


それでも、ステラは続けた。


「聞こえてるよね。私、ちゃんとここにいるよ」


返事はない。


ゼフの表情も変わらない。


黒い魔力が瞳の奥で揺れ、彼の身体を支配し続けている。


けれど。


風の刃が、またしても急所をわずかに外れ、神殿の柱をえぐった。


轟音とともに、石の破片が床へと降り注ぐ。


ステラは腕で顔をかばいながらも、ゼフから目を離さなかった。


今の攻撃も、わずかにずれていた。


まだ、届いている。


自分の声は、完全に消えてしまったわけではない。


「……お願い。もう少しだけ、頑張って」


それは、ゼフに向けた言葉であると同時に、自分自身を奮い立たせる言葉でもあった。


どれだけ傷ついても、彼を信じることだけはやめたくなかった。


アルドラは小さく舌打ちする。


「抵抗しているつもりか。厄介だな……」


彼はゼフを見据え、杖を握る手に力を込めた。


術式がさらに重ねられ、鎖は深く、深く、ゼフの魔力と意識に食い込んでいく。


黒い光が幾重にも重なり、ゼフの身体を包み込んだ。


「意志が残っているのなら、それごと押さえ込めばいい」


アルドラの声に、ためらいはなかった。


「どこまで耐えられるのか……確かめさせてもらおう」


再び、魔力が膨れ上がる。


ゼフの身体が、ぴくりと震えた。


次の瞬間、その腕が滑らかに持ち上がる。


風の刃が生まれ、今度は迷いのない軌道でステラへと迫った。


ステラは結界を展開する。


衝撃が全身を襲い、靴底が床を滑った。


それでも、彼女は踏みとどまる。


「……ゼフィロス……!」


その声に、ゼフの指先がかすかに動いた。


ほんの一瞬。


誰にも気づかれないほど小さな動きだった。


ゼフの瞳から、光が消えかける。


身体の動きは、また正確さを取り戻していた。

アルドラの命令に従い、無駄のない動作で風の刃を生み出していく。


まるで、先ほどまでの抵抗など最初からなかったかのように。


それでも——完全には、戻らない。


風がステラを襲うたび、わずかな揺らぎが生まれる。


刃が急所を外れる。


ほんの一瞬、指先が震える。


虚ろな瞳が、彼女の姿を捉える。


支配の術がどれほど強くなっても、消し去れないものがあった。


心は、まだ。


ステラの方を向いたままだった。


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