8話 ルイン島での戦い
「止まれえええっ!」
ソラはすぐさま騎士達の進行方向へと回り込み、立ち塞がると、柄にもない叫びを上げる。
「ソ、ソラ?」
牢の隙間から驚きを露わにするウィン。しかしソラに作戦などなかった。というより今まさに考え中であった。
――背部から放出される粒子の色から見て相手は銀衣騎士が四人。刀身の色が赤いから全員炎属性。聖霊剣はエスパダロペラで量産剣の中でも特に量産性と汎用性を重視して開発された聖霊剣。総合的な性能はグラディウスの方が上だ。とはいえこっちは演習用のグラディウス、使用できる聖霊術は飛翔術と近接用の光刃剣のみ。
「あれ、これ詰んでない?」
その時、目の前の騎士がソラへと尋ねる。
「エリギウス帝国の騎士制服……しかし十二騎士師団所属の紋章がない、貴様騎士候補生の脱走者か?」
「いやまあ、大体そんなとこかな」
「くっ……はは、ははははは、こいつはお笑いだぜ」
すると突然、騎士の小隊長と思わしき男の笑い声がこだました。
「お、何か知らんけどうけた?」
「先日、騎士養成所から雲の大聖霊石を盗み出して、逃亡した騎士候補生というのはお前のことだな」
的確に自分の正体を見抜かれ、思わず固まるソラに騎士小隊長は続ける。
「出来損ないの蒼衣騎士如きが大聖霊石など持っていて何の意味がある? しかも俺達の前にのこのこと姿を現してきたのはいったいどういう了見だ?」
騎士小隊長の指摘のとおり、蒼色の粒子を放出させているソラが、蒼衣騎士であることは一目瞭然であった。
「黙れよ、あんたらが連れ去ろうとしているその人はな、俺の命の恩人なんだよ。勝手なことしてもらっちゃ困るんだよ!」
「ふんっ、それがどうした? 我々は師団長の命に従い、任務を全うするだけだ。邪魔をするならば排除する……いやそうでなくとも大罪人である貴様は連行するがな」
直後、騎士達が掌を天に掲げると、そこへ炎が灯る。炎の聖霊の意思を利用した射術式聖霊術、爆炎球が放たれようとしていた。
「いやいやちょっと待ってくださいよ、素人に毛が生えた程度の俺相手に銀衣騎士ともあろう方々が四人がかりって、それはちょっと酷すぎませんか?」
だが突然のソラの弱気に、呆気に取られる騎士達。
「なんだお前? さっきまでの威勢はどこに――」
「はい、隙あり!」
直後、ソラは小隊長へ真っ直ぐに突っ込むと、左手を鞘の元に持っていき抜刀するような姿勢を取った。次の瞬間、ソラは鞘から光で形成された二本目の剣を抜刀する。
光刃剣。ソラが持つ演習用グラディウスに組み込まれている唯一の、攻撃用の聖霊術。鞘の形状を利用し、光の聖霊の意思による力で剣を具現化する近接聖霊術である。
聖霊剣は一本までしか力を解放できないことから双剣使いが愛用したり、また投擲に利用したりと、どちらかといえば補助的な意味合いの強い聖霊術である。
ソラは左手の光剣を突進の勢いと共に上段から高速で振り下ろした。
「くだらん」
しかし、小隊長はその攻撃の軌道を読んでいた。ため息混じりに、ソラの上段からの無造作な一撃を遮らんと剣を上方へと構える小隊長。
「な……に?」
次の瞬間、光剣の刀身はエスパダロペラの刀身と交わることなく、まるですり抜けるようにして小隊長の身体へと袈裟懸けに奔る。
「ガハッ! ば、馬鹿……な!」
予想だにしない斬撃を叩き込まれ、驚愕と共にその場で倒れ絶命する小隊長。その光景に唖然とする残り三名の騎士。
なぜなら光刃剣で形成された刃は実体として具現化しているため、通常の聖霊剣、つまり実体剣で防ぐことができるはずだったからだ。
「し、小隊長がやられた! 奴は不思議な光刃剣を使うぞ、もしくは別の聖霊術なのか……とにかく受け太刀はするな、散開!」
小隊長を討ち取られ、残された三人の騎士達は、ウィンが入れられた檻を一旦地に降ろすと、ソラを警戒し、散開して囲むように陣形を取った。
一方、早々に敵の小隊長を討ち取ることに成功したソラであったが、その実追い込まれていた。
――警戒された、もう“あの技”は使えない。こんなことならいきなり不意打ちかまして一人減らしてから使うんだった。つい勢いで「止まれええ」とか言って登場しちゃったよ。
「ソラ、無茶しないで逃げてください」
「俺だって逃げ出したいですよウィンさん、こんなところで死にたくないし、けどあなたがいなくなったらアーラちゃんはどうなるんですか? それに泣いてる女の子は笑顔にするのが俺の流儀なんですよ……とか言ってみたり」
ソラはそう言い放つと、前方に位置する騎士に向かって突進しながら光刃剣による刺突を繰り出す。しかし騎士は急浮上してそれを回避。
「ちっ」
ソラはすぐに目標を切り替え、右方向に位置する騎士に向かって再度突撃、上段からの振り下ろしを繰り出した。しかし、騎士は身を翻してそれを躱すと、ソラから距離を取る。
――くっ、やっぱりもう受け太刀はしてくれないか。
先程、小隊長が討ち取られたことを教訓にし、ソラの攻撃に対して受けようとすることなく、単純に回避行動をする騎士達にソラは歯噛みした。
そしてソラが手にする演習用のグラディウスには遠距離用の聖霊術はなく、距離を取られては攻撃手段がない。つまり、この状況下においては愚直に突進し白兵戦に持ち込む以外の勝機がない――
「くうっ!」
ソラがそう思考した次の瞬間、後方から飛来した光矢がソラの左上腕部を掠め、鮮血と共に吹き飛ぶソラ。
しかし、ソラはすぐさま後方へ振り向いて体勢を立て直すと、飛来する第二、第三の矢を何とか躱す。しかし直後、今度は騎士の一人が上方から急下降し、すれ違いざまに一閃。ソラのグラディウスは鍔の一部を切断された。
聖霊剣の鍔や柄には、核となる属性以外の七種類の属性の聖霊石が埋め込まれている。今ソラが失った部位には雲の聖霊石と風の聖霊石が埋め込まれていた。つまりソラは飛翔術を使うことができなくなったということだ。
また、覚醒騎士は敵の感情を読み取る力がある。そして先程まさに、ソラが抱いた焦りの感情を読み取られ、不用意に突撃しようとした瞬間の不意を突かれたのだった。
「ぐうっ!」
何とか受け身を取って着地し、落下の衝撃を抑えるソラ。しかし、まさに翼をもがれた鳥の如く、飛翔することができなくなったソラは絶体絶命であった。
「はあ、ここまでか」
鍔が損壊したグラディウスを握り締め、ため息を吐きながら呟くソラ。そんなソラに対し、二人の騎士は光の収束した人差し指を向け、もう一人はとどめと言わんばかりに最大速力で飛翔しながら突貫して来た。
すると、上空から発せられた閃光が、ソラへと突撃する一人の騎士の腹部を貫いた。
「があああっ!」
急所を貫かれ、事切れた状態で突っ込んでくる騎士に巻き込まれる形で後方に転倒するソラは、今の状況が把握できず混乱する。
「うわっ! なになに? なんなの?」
「大丈夫ですか? 蒼い外套の騎士さん」
すると、自分を心配する女性の声が聞こえ、ソラは先程光矢が放たれたであろう上空に視線を向ける。そこには陽光の影になりながら浮遊する二人の人物がいた。
一人は恐らく、先程〈連理の鱗〉の騎士を討ったであろう波光矢を放った構えを取る、赤髪をポニーテールにした少女。その手に持つのは緑の湾曲した刀身の聖霊剣。ソラのグラディウスと同じくエリギウス大陸で造られた主力量産剣の一つ、カットラス。
もう一人は赤髪ポニーテールの少女の後方で浮遊する、同じく赤髪の少女で、肩にかかる髪にはウェーブがかかっている。その手に持つのは量産剣ではなく宝剣に分類される専用器。聖霊剣の名はカーテナ。青の刀身、神官の杖を思わせるような優美な外観を持っていた。
「事情は分かりませんが、エリギウス帝国の領空侵犯を一人で阻止しようとしてるとお見受けしました、間違いないですか?」
「え、まあ、そういうことになるかな」
「そういうことなら助太刀させてもらいますね」
所属不明の二人の騎士が突如割って入り、ソラはまだ状況を理解できずにいた。
「敵襲……し、しかも奴ら聖衣騎士だ」
〈連理の鱗〉の騎士達の戦慄する声でソラは初めて気付く、その二人の騎士から放出されている粒子で形成される外套の色は金、つまりは二人の少女が聖衣騎士であるということに。
そして次第にソラの理解が追い付き、一つのことを確信する。
――〈因果の鮮血〉には聖衣騎士が二人いるって聞いたことがある。そうかこの二人が……
「関係ない、陣系を崩すな、取り囲んで各個撃破だ」
しかし〈連理の鱗〉の騎士達は臆することなく、再び陣形を取った。所属不明の騎士二人を挟むように配置し、それぞれが聖霊術を発動させようと構える。
「舞え、レイヴン!」
次の瞬間、カットラスを持つ赤髪ポニーテールの少女は、懐から“何か”を取り出し、放った。それは羽根の形状をした手裏剣にも似た小型の刃。
刃は空中を縦横無尽に飛び交いながら、〈連理の鱗〉の二人を包囲するように高速で舞っていた。
「気をつけろ、あの騎士は思念操作式飛翔刃を使うぞ」
思念操作式飛翔刃。それは使用者である騎士の思念に応じて操作される羽根の形状をした小型の刃であり、雲の聖霊の意思を利用して思念操作、風の聖霊の意思を利用して切断攻撃を繰り出す、実体武器を利用した聖霊術である。
また、思念操作式飛翔刃を使いこなす為には特殊な空間認識能力、自身と複数の物体を同時に操る思考の並行処理能力、敵の予測を超える動きを引き出す為の想像力など、極めて高度な能力を要することから扱える騎士は少ないが、扱いを極めれば敵を全方位から一方的に攻撃できる非常に強力な武器となる。
「落ち着け、対 思念操作式飛翔刃 訓練は十分に受けている」
そう、〈連理の鱗〉の騎士の一人が言う通り、思念操作式飛翔刃がいかに強力な聖霊術とはいえ……否、強力な聖霊術であるが故、エリギウス帝国の正規の騎士であれば思念操作式飛翔刃を撃ち落とす訓練は必須になっており、ある程度は対応できるのは確かだ。
〈連理の鱗〉の騎士達は思念操作式飛翔刃の動きを予測しながら、波光矢を発動させ、飛翔する刃に向けて指先から光の矢を放つ。
「な……に?」
しかし、〈連理の鱗〉が放った、波光矢の光矢は思念操作式飛翔刃には当たらず、彼方へと消えていく。第二、第三の矢もまた同様に。
「何だ! この動きは!」
〈連理の鱗〉の騎士は気付く、赤髪ポニーテールの少女が放った思念操作式飛翔刃の動きが先程とは比べ物にならない程複雑に、そして高速に舞っていることを。
目を凝らせば、先程まで進行していた方向とは逆方向に急後退、上昇した瞬間に急降下、旋回、交差、転回を繰り返し、残像を残す程の複雑無比な動きを繰り広げている。
更に、少女の額には、剣を抽象的に描いたような形状の紋章が淡く輝いていた。
「この動き、奴の“竜殲術”の仕業か?」
〈連理の鱗〉の騎士がそう予測した直後、周囲を舞っていた思念操作式飛翔刃が、全方位から一斉に襲い掛かり、身体を切り刻む。
「ぐああああっ!」
四肢、腹部、胸部を刃が次々と刻んでいき、一人はその場で絶命。
「くそがああああっ」
残る一人は波光矢を解除、聖霊剣であるエスパダロペラを構えながら赤髪ポニーテールの少女へと突撃した。この思念操作式飛翔刃を撃ち落すことが不可能だと判断し、包囲からの脱出と少女への攻撃、その二つに目的を切り替えたのだろう。
「なっ! がああああっ!」
しかし、飛翔する八つのうち四つの思念操作式飛翔刃は既に〈連理の鱗〉の騎士の前方へと先回りするように待機、騎士の進行方向の先から一斉に腹部へと次々と直撃、急所を貫かれ、最後の一人である〈連理の鱗〉の騎士は絶命しながら地へと落下した。




