12時にガラスの靴を……どうするんだっけ?
城の中へとどうにか入った俺は、とても居心地の悪い思いをしていた。
周りからの視線が刺さるのだ。
(あの神、俺に嘘ついたんじゃないだろうな……)
「ブスがおめかしして歩いてる」なんて思われてたら目も当てられないぞ。
そう俺が思わず勘繰った時だった。
周りの空気がザワリと揺れる。
皆の視線がとある一点へと流れていく。
俺も反射的にそちらに視線を向けて、すぐさまソレを後悔した。
(あれ、絶対に王子だろ)
すぐにそう分かる程の王子然とした美丈夫が視線の先には居たのだ。
装いや容姿だけではない。
もっと内から醸し出されているかのようなキラキラに、俺の心が「あれは『天敵』だ、近づくな」としきりに警告してくる。
(……よし、逃げよう)
そう思ってすぐさま踵を返したのだが。
「そこの御令嬢、貴女を一曲お誘いしたい」
こう言われてしまえば、純日本人の俺としてはそう簡単に断れない。
というか、そもそも『シンデレラ』のシナリオに沿う言動をしなければ、恥を忍んで此処まできた意味がない。
そう思い直して。
「……はい」
俺は渋々彼の手を取った。
「やばい、ダンスの経験なんて学校の体育の授業くらいだ」と気付いたのは、彼と踊り始めた瞬間だった。
しかしヒロイン補正が効いているのか、ソレとも王子のリードが上手いのか。
俺は大きな粗相もなく踊れている。
……多分。
そうして踊りながら、彼と二言三言と言葉を交わす。
先ほどと比べてすっかり近くなった王子の顔を眺めながら。
(まぁ流石は物語の王子ってだけあって、確かに美形ではあるか)
そんな事を思いながら繁々と彼の顔を見ていると、何故か彼が微笑みかけてきた。
よく分からないが、それに応じる様に笑顔を返しておく。
(しかし、俺は今ちゃんと笑えてるんだろうか)
陰キャの俺だ。
陽キャを前にしてそれが出来ている自信が無い。
と、何を思ったのか。
王子が少し驚いた様な顔になった。
そしてまるで蕾が綻びるかのように、彼の表情に喜色が灯った。
その瞳に見つめれれて、俺はーー思わずブルリと体を震わせた。
悪寒である。
向けられたその瞳の中には、情熱的なナニカが揺らめいていた。
きっと俺が普通の女なら、もしくは彼が女だったなら、俺も頬を赤らめたりしたのだろう。
しかし。
(あぁ寒い!)
異性愛者の俺が同性の彼、つまり恋愛対象外の人物からそういった感情を向けられれば、どうしたって寒くなる。
相手に何の感情も抱いていないのなら、尚更。
向こうは俺の事が女に見えているのかもしれないが、そういう問題ではない。
何やら鷹に獲物認定された様な、そんな危機感を感じずにはいられない。
と、その時。
ゴーン。
ゴーン。
ゴーン。
鳴り響いた鐘の音に、俺は思わずハッとする。
(え、ちょっと待て。そう言えば、今何時だ?!)
時間を気にするのをすっかり忘れていた。
その事に気が付いて、俺は慌てて時計を探す。
更に二つの鐘の音が鳴り響く中、やっと時計を見つけると。
「もう12時じゃん!」
そう叫ぶと同時に俺は半ば反射的に走り出す。
踊っている途中の王子の手を、振り払って。
「っ! ちょっと待ってくれ!」
王子のそんな声が追ってくる。
しかし生憎とそれに構っている余裕は無い。
ゴーン。
鐘が鳴ったのは、これで6回目。
ゴーン。
これが全て鳴り終われば12時ジャスト。
その時には魔法が解ける。
ゴーン。
それまでに、俺は『シンデレラ』のシナリオ通りにしなければならない。
ゴーン。
えーっと、確か王子に目をつけられたシンデレラは。
ゴーン。
そうだ! ガラスの靴を……どうするんだっけ?
やっべ、ド忘れした!
えーっと……。
「待ってくれ、どうしたのだ!」
ゴーン。
「あぁもう煩いな! 俺はもう帰る時間なの!」
あ、そうだ。
確か、靴を王子に渡すんだった!
そう思って声の主を振り返り、愕然とする。
(って、距離が遠くて届かない!)
なんてこった。
王子、意外と足遅いなコンチクショウ!
えぇい、仕方がない。
「王子! はいコレ」
そう言って俺は一か八か、『壊れ物を投げる』という強硬手段に出た。
そして。
「これでお」
ゴーン。
先程までの慌ただしさは何処へやら。
しんと静まり返った王城の外階段に、靴をどうにかキャッチした王子は。
「……消えた?」
たった一言、そう呟いたのだった。
***
「れを探して」
「やぁおかえり」
言葉の途中で時間切れとなってしまった俺は、奇しくもその続きを神に告げる形となった。
「ん?」
「……いや、何でもない」
なんか地味に恥ずかしいんだけどコレ。
そんな風に思っていると。
「ところでどうだった?」
彼がそんな事を聞いてくる。
「まぁまぁかな」
王子にちゃんと気に入られてきたし、靴だって渡したし。
最低限はどうにかやってのけた筈だ。
そう思っていると、神は俺の足を見て。
「うん、靴はちゃんと落としてきたみたいだね」
片方だけ無い靴に、満足そうに神が頷く。
その声に、俺はというと。
「……え?」
(あれ? 落としてくるんだったっけ? 渡してくるんじゃなくて?)
っていうか、じゃぁ別に投げるなんて危ない橋を渡る必要なかったじゃん。
っていうか、大丈夫だったかなアレ。
壊れてないと良いんだけど。
そう思い始めれば、何だか不安になってくる。
しかしそれもほんの束の間だけだった。
「……まぁ大丈夫だろ、ガラスの靴が相手の手に渡った事は確かなんだし」
こうして開き直った俺は、再びベッドに身を投げて今度こそ深い眠りについたのだった。




