ちゃんと可愛くて綺麗だよ?
姉達が着飾って家を出て行った後、俺はベッドの上に身を投げてーー達成感に浸っていた。
(中々良いドレスが作れたんじゃないかな、オネエサマにも似合ってたし)
彼女達を見送った時に見たのだ。
(「もしかしたら、オネエサマが王子のハートを射止めるなんて事があるかもしれない」って程度には、よく似合ってたし)
そんな風に彼女の姿を思い出しながら、徹夜疲れの瞼が重力に逆らえず閉じていきーー。
「やぁ! お呼びかな?!」
呼んでない。
全く呼んでない。
「あれ、寝てる? おーい、シンデレラー?」
煩いぞ。
折角達成感と共に眠れそうだったのに。
「あ、起きた。やぁ、シンデレラ」
「誰、お前」
不機嫌全開な声でそう問えば、彼は弾んだ声でこう言った。
「僕は魔法使い、君を舞踏会に連れて行ってあげるよ!」
「いいえ、結構です」
そんなの興味ない。
早々にそう断って、俺は寝返りを打つ。
すると黒いローブの中から先っちょに星がついた『いかにも』なステッキを取り出した『自称・魔法使い』が「えっ?!」と声を上げてくる。
「君、舞踏会に行きたいでしょ?」
「別に」
ズイッと背中側から顔を覗かせてくる彼に、チラっと視線をやりながら俺がそう答えると。
「だったら僕が……え?」
言葉の途中で、彼がまたそう聞き返してきた。
「君の望みは舞踏会に行く事じゃないの?」
「俺の今の望みは、幸せなこの気持ちのまま眠りにつく事だよ」
だから全くお呼びじゃない。
そう言ってやると、彼は何やら不思議そうに首を傾げた。
「あれー? おかしいなぁ。シナリオじゃぁ確かにシンデレラは舞踏会に……」
「おいちょっと待て!」
彼のそんな呟きに、俺は思わず飛び起きる。
相手がびっくりしている様だが、そんな事は今どうでもいい。
「今なんて言った? シナリオ?」
それって例えばゲームのシナリオとか、そういうアレの事か。
(何でそんな言葉がここで出てくる)
というか、そもそも何でそんな言葉を知っている?
その世界にゲームなんて物、存在するのか?
「……お前、一体何者だ」
訝しげな視線を向けて、俺がそう問いかけると、彼は。
「あ。僕、君を転移した神です!」
「情緒ーーーっ!」
まさかのカミングアウトに思わず両手で顔面を覆って叫ぶと、神は「なんか楽しそうだね、何よりだよ」なんて言ってくる。
一体どこをどう見たら楽しそうなのか。
ちょっとお前、一度眼科に行ってこい。
っていうか、大事な事なんだからもうちょっと俺の心に配慮して物を話して欲しい。
と、ここまで考えて、俺ははたと気がついた。
ちょっと待て。
これってもしかしてチャンスなんじゃない?、と。
「なぁ神、俺を元の場所に戻してもらう事は……」
「え? 出来ないよ?」
「じゃぁせめて、俺をヒロイン枠から外してもらう事は……?」
「無理だね!」
その返答に俺は思わず脱力する。
何だよ、ちょっと期待ちゃったじゃんか!
でも、それなら何で。
「……今俺の前に出てきた理由は何だ。っていうか、そもそも何で俺をこんな所に転移させた?」
つまりこれは、何か壮大なイベント振りなんじゃないか?
そう思って尋ねると、彼は何故かキョトン顔になった。
「魔法使いなんだから、勿論シンデレラを舞踏会に導くために来たに決まってるじゃん。あ、因みに君をここに転移させた理由は、特に無い」
「無い?!」
「うん、だって完全なるランダムだもん」
何てこったい。
まさかの無差別選別とか。
(……まぁでも俺元々陰キャだし、選ばれた理由があったらソレはソレで驚きだけどさ)
でもそれなら。
「俺に何か壮大な使命が課せられていたりは……?」
例えば『国を救う』とか、『世界を救う』とか。
「いや? 特に無いよ?」
「じゃぁ何で呼んだっ?!」
選定理由も、果たすべき使命も無い。
そんな現実に、俺は思わず地団駄を踏む。
脆い屋根裏部屋だ。
天井に張り巡らされた梁から、パラパラと埃が落ちてくる。
(やべぇ、ちょっと鼻がむずむずし始めた。俺、ハウスダストアレルギーなのに……)
最悪だ。
「だから『何となく』だってば」
答えも最悪だ。
神の顔を数秒見つめた後、俺は腹の中の空気を全て吐き切る勢いで深いため息をついた。
そして。
「じゃぁもう知らん」
再びベッドにゴロンと寝転がり、俺はふて寝の体勢に入る。
すると彼が「えー? 困ったなぁ」と、全く困っていないような声を発した。
「『シンデレラ』を完遂しないと、君、帰してあげられないんだけどなぁ」
……ん?
ちょっと待て。
「帰れるの? 俺」
視線だけを彼の方に遣りながら言えば。
「うん、帰れるよ?」
そんな声が帰ってくる。
ぶっちゃけ、あちらの世界にあまり執着はない。
でも、男なのに女扱いされている現状よりは幾らかマトモな気がする。
「……で、どうすりゃ帰れるの?」
むくりと体を起こしながらそう言えば、彼は途端に明るい表情になった。
「『シンデレラ』のシナリオに添えば良いんだよ」
「つまり、舞踏会に行けと?」
「ま、そういう事」
その返しを受けて、俺は「ふむ」と考える。
(……ここは甘んじて辱めを受けるしかないか)
「ヒロインなんてとんでもない」と思ったが、仕方がない。
まぁ、陰キャの俺に果たして本当にヒロインなんてものが務まるのかは分からないけど。
「分かった、連れてけ」
その言葉を聞くと、神はすぐさま俺に魔法をかけた。
ふわりと暖かな光が俺を包んだかと思うと、いつの間にか衣装が変わっていた。
上等な白いドレスと輝くティアラ、そしてガラスの靴。
その上、薄化粧をされた俺は。
「……すこぶるキモい」
すっかり暗くなった窓の映った自分を見て、俺は思わずそう呟いた。
すると神がこんなフォローを入れてくる。
「あぁ大丈夫、君と僕以外にはちゃんと女の子に見えてるから」
なるほど、やっぱりか。
「因みにどういう風に見えて……?」
恐る恐るそう尋ねると、神はニンマリと笑って。
「ちゃんと可愛くて綺麗だよ?」
「ホントだろうな」
こんな豪勢な装いして、もしもこれで絶世のブスだったりしたら、変な注目を浴びてしまう。
(神はこう言ってるけど……)
何故だろう、いまいち信用できない。
安心できない。
「あ、そうそう。魔法は12時で解けるから、その時また此処に転送するね。じゃ、行ってらっしゃい」
「え? は? ちょっ、『転送』?」
何だソレ。
そう聞こうとした瞬間、パッと視界が変わった。
寒くて汚い屋根裏部屋から一転、目の前には夜闇の中に輝く城が見えている。
「舞踏会に行くのって、カボチャの馬車じゃないの……?」
俺のそんな弱々しい呟きは、遠くの方で聴こえているオーケストラの伴奏にさえ負けて掻き消えた。




