第十四話 宿場町イソルカ
勇者フェルドールとの戦闘から二日後。
俺達は、メクジラ町までの中継地点にあたる小さな町、「宿場町イソルカ」へ辿り着いたのであった。
「ここが現代の宿場町か。三百年前とあんまり変わっておらんな」
「ここ数百年、文明は大きく変わっていないみたいだからね」
かつて文明について書かれていた本を読んだが、どうやらこの世界の文明は、四百年前とあまり変わっていないようである。
魔王が現れたここ十年以内でも、特に戦争特需のような状況が生まれるでもなく、人間の生活圏に魔物が姿を現すことも大きく増えた訳では無かったが故だろうか、文明の進歩はあまり見られないようだ。
「ねえ、この辺りで食材を調達しない?パンとか干し肉とか……このままだと、メクジラ湖に辿り着く前に尽きてしまいそうよ」
「確かにちょっと食料は不安か……買って行こう。あと、レモンを買っておいた方が良いかもしれない」
「何で?お兄ちゃん、レモン好きだっけ?」
「ビタミンが不足すると、壊血病になるからね」
「びたみん……?かいけつびょう……?」
「レモンに入ってる栄養が足りなくなると、そういう病気になっちゃうんだよ。口とか皮膚とかがイカれたり、フラフラしたりするから、長旅の時は気をつけないとね」
「へー!お兄ちゃん、物知りなんだね!」
「ま、まあね」
俺が俺になる前の俺が覚えていた知識に感謝である。
「よぉ、ニイちゃん達!宿場町イソルカの新名物、イソルカピザ!絶品だぜぇ!食って行きなよ!」
「あら、美味しそうじゃない!皆、寄っていきましょ」
「うんっ!行こう、お兄ちゃん!」
「え?おおー、確かに美味しそう」
屋台が並ぶ道を歩いていると、「イソルカピザ」とやらを売っている屋台のおっちゃんが声をかけてきた。
どうやら、前世で食べたことがある「シカゴピザ」のようなものらしく、分厚い生地とたくさんの具が魅力の、新しい宿場町イソルカの名物として推しているようである。
「これは見たことが無いのう。美味そうじゃが……何じゃ、これは」
「これは俺が考えた、イソルカの新名物よぉ!きっと流行るぜぇ!何てったって、激ウマだからなぁ!」
皆で一つずつイソルカピザを購入し、口へ運ぶ。
一口かじると、濃厚なミートソースとチーズが溢れ出し、歩き疲れた心と身体を癒していく。
「ん~っ!美味しいわね!とろける~!」
「うん!めちゃくちゃ美味い!」
「な、何じゃこれは!初めて食うが、かなり味が濃くて美味いのう!」
「私、これ大好きかも!お兄ちゃん、これって旅に持っていけないかなー!」
「保存はあんまりきかないんじゃないかな……」
「そんなあー!」
「気に入ってくれて嬉しいぜぇ!良かったら、旅の帰りにでもまたここに寄って、食いに来いよぉ!」
「ぜひっ!」
「其方の言葉に偽りなく、絶品じゃ!また来てやろうではないか!」
ぺグリルとメリアは特に気に入ったようであり、帰りにここへ寄る気満々のようだった。
俺達はイソルカピザを食べながら、宿酒場へ向かう。
そして四人部屋をとり、俺達はベッドに寝転んだ。
「ふぅー!やっぱりベッドで寝るのは良いねっ」
「そうね。野宿続きだと、身体が痛くなってくるものね」
柔らかいベッドの感触に身を委ねつつ夜を待ち、夜になったら、酒場で夕食を済ませる。
そして公衆浴場で入浴を済ませた後、俺達はベッドに吸い込まれるようにして眠りに落ちた。
しかし、その夜中。
俺は腹部の辺りに、温かな感触を覚えた。
毛布を被って寝た覚えは無い……にもかかわらず、モフモフとした温かいものがあるのだ。
そして、それがモゾモゾと動いている。
生き物だ。
俺は恐る恐る、布団をめくってみる。
すると、そこにいたのは、俺に身体をくっつけて眠る獣の少女、ぺグリルだった。
「……何じゃ、我が主人よ」
「それはこっちのセリフだよ……?」
ちゃんとベッドが四つある部屋をとったというのに、この子は何故、俺のベッドに入っているのだろうか。
「何じゃとは何じゃ、妾は主人の布団に入って一緒に寝ようとしておるだけじゃが」
「それにビックリしてるんだけど……」
「何も驚くことは無かろう。妾はぺグリル。雌の獣じゃ。人間で言うところの女じゃ」
「そうだね」
「そして、其方は主人じゃ。一緒に寝るのは当たり前であろ?」
「……何で?」
そういうものでしたっけ?主従関係って。
「だーかーらーじゃ。其方は妾に打ち勝ったのじゃぞ?ぺグリルと名をつけられた、雌に勝った雄じゃ」
「そうなるね」
「雌の獣たるもの、強い雄と女夫となり、子を残したいと思うものじゃ。それに、女夫が一緒に寝るのも当然じゃろ?それが普通では無いのか?」
「んん……?それはつまり……君は俺と婚約してると思ってるってこと?俺が君を倒した時点で?」
「え?違うのか?」
「違うよ?確かにぺグリルは大切な仲間だけど……」
「何じゃと!?」
ぺグリルは目を丸くし、ベッドから飛び上がって驚く。
前のご主人様だとかいう魔術師の女の人からは、一体何を教わってきたのだろうか。
「あー……そのー……。何と言うか……ゴメン」
「はぁぁぁー……。そうなのか、そうじゃったのか……」
「てっきり従者として『主人』って呼んでるのかと思った」
「妾は夫を呼んでおるつもりじゃったわい。まあ良いわ。これは妾の常識が不足していたが故の事故じゃ。其方が気に病むことではない」
最初から俺が気に病む要素はどこにもありません。
「ビックリしたよマジで」
「すまんのう。……じゃが、妾は其方を諦めんぞ。妾はこれからも、積極的にいくからのう。覚悟しておくが良いわ!」
ビシッとポーズをキメて、ぺグリルは俺に宣言する。
「うん……その……ありがとう……?」
しかし、俺としては反応に困るところである。
……だって目の前にいるの、幼女なんだもん。
「どれ、そういうことなら仕方ないのう。妾も、自分のベッドで寝るとするわい。お休みなさい、じゃ」
「ああ、うん……お休み……」
こうして、俺とぺグリルは一悶着あった後、アリサやメリアより少し遅く、眠りについたのであった。




