疑惑 1
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見捨てずに気長に待っていただけると嬉しいです。
夜半過ぎ、部屋の片隅で暗闇が動き、蠟燭の灯が微かにゆらめいた。驟雨が夜の闇をさらに厚くし、静謐に包まれた部屋で厳粛ともいえる雰囲気のなか、訪問者は悟る。彼が跪くはずだった未来の主は、今この時己の運命を受け入れ、最後の伝言を託そうとしているのだ。
「誰にも・・・見られて・・・いか・・・」
今にも息絶えそうな掠れ声が、辛うじて耳に届く。
「ご安心ください。今宵は、雨。まもなく雪に変わりますゆえ、皆油断しております。出立するにも最適かと」
「重大な・・・役目だ・・・・・・。3ば・・・・の絵の…裏を・・・・・・・ラルモ・・・右・・・わ……小箱・・・」
苦しそうなとぎれとぎれの言葉は、通常の人間には意味不明でも、御隠密行動に長けた者には明らかな意味を持つ。音もなく動くと、右から3番目の絵の額裏から数枚の紙、大きな衣装ダンスに積まれた多数の箱の中から1番小さな小箱を取り出すと、はっきり見えるように寝台にかざした。
寝台に臥せっている青年は、かすかに肯いたように見えたが、そんな動きですら苦し気に掠れたうめき声を漏らす。
「・・・れを・・・は・・・はう・・・に・・・・・ない・・・みつ・・・に・・・」
「ご無理をなさらぬよう。これらは、私が命に代えても必ずやお渡しいたしますゆえ」
そう言うと、外の物音を窺うそぶりを見せ、さっと身を翻して暗闇に身を潜めた。
ややあって、控えめなノックの後にそっと扉が開く。応えを待たないのは無礼ではなく、中の人物が既に応ずることが出来ない状態だと知っているからだ。足音を立てないように慎重に寝台に近づくと、燭台の光を遮りながら様子を窺う。元は端正であった顔貌は、土気色に萎びたような様相となり、落ちくぼんだ眼窩にこけた頬と、今や骸骨に僅かな肉と薄い皮膚が張り付いたような有様だ。暫く呆然と見つめ、部屋の様子を確認すると、深いため息をつきながら、来た時のように音を立てないようにゆっくりと退出していった。
彼には理解できなかった。この城では確かに疫病が出たが、皆重症でもなく長引くこともなかったのに、なぜ寄りにもよってこの城一番の、城主より重要と言って過言でもない賓客がただ一人、死にゆこうとしているのか。
は、ブルゴーニュ公女マルグリットを妻としているが、舅とは意見の対立が多く、彼によって無能との噂を立てられて敵対。1412年以降はアルマニャック派と手を組み、パリ郊外のアルマニャック派貴族が所有する城に滞在していた。彼は、アルマニャック派にとって最重要人物であり、大義名分の体現でもあったのだ。
1415年12月。フランス国王シャルル6世の3人目の王太子、ルイ・ド・ギュイエンヌ公死去、享年18歳。
母であるイザボウには直ちに早馬で訃報が告げられたが、その報告はとても納得のいくものとは言えなかった。しかし、ルイの死は覆らず、いくら不審とはいえ現時点での再調査は不可能であり、粛々と葬儀が行われ、遺体はノートルダム大聖堂に埋葬された。
3人目の王太子、ギュイエンヌ公ルイの死去。
何かと意見が飛び交うほど死因が怪しいのですが、病死、毒殺のうち本作では毒殺を採用しています。
次章では、4人目の王太子トウーレーヌ公ジャン・ド・ヴァロアの死についてさらりと触れ、イザボウの心境にも触れる予定です。




