九話 帝国の影
数ある作品の中から本作をお選びいただき、ありがとうございます。
拙い部分もあるかと思いますが、最後までお楽しみいただければ嬉しいです。
九話 帝国の影
チャチャが幸せそうな寝息を立て始めると、リビングの空気は一変した。
父さんが地図を広げ、母さんが迷宮で回収した流体魔鋼のサンプルを顕微鏡のような魔導装置で覗き込む。
「さあ、拓海。この素材と君の知識を合わせれば、何ができる。」
父さんの問いに、僕は叡智のオーブを介して、脳内に蓄積された膨大な設計図を展開した。
まず着手すべきは、この家そのものの要塞化だ。
帝国が送り込んでくるであろう隠密や魔導兵器は、おそらく僕たちの想像を超える精度を持っている。
「父さん、この流体魔鋼を家の外壁に極薄くコーティングするんだ。」
僕の提案に、母さんが驚きの声を上げた。
「外壁に。そんな贅沢な使い方、普通なら魔力が持たないわ。」
「でも、オーブがあれば可能だよ。流体魔鋼に僕の魔力回路を直接リンクさせて、家全体を巨大な演算装置に変えるんだ。」
これによって、家自体が敵の魔力波長を瞬時に解析し、最適な防御膜を展開するアクティブアーマーとして機能する。
「さらに、ドローンの母艦機能も持たせれば、アステリアの街全域を二十四時間監視できる。」
大樹兄さんが篭手を鳴らしながらニヤリと笑った。
「いいな。守りが固まれば、俺は思う存分外で暴れられる。」
真央姉さんも頷く。
「私は風のネットワークを家のセンサーと同期させるわ。街に紛れ込んだ不純な魔力を、一粒の砂も見逃さないように。」
作業は深夜まで及んだ。
流体魔鋼は僕の意志に応じ、生き物のように壁を這い、屋根を覆い、目に見えない銀の防護層を形成していく。
作業の合間、ふと足元を見ると、いつの間にか目を覚ましたチャチャが、僕の作業をじっと見守っていた。
「タクミ。それ。カッコいい。キラキラ。」
チャチャの声が脳内に響く。
「ありがとう、チャチャ。これでお家は世界で一番安全な場所になるよ。」
「ボクも。お手伝い。する。」
チャチャがそう言った瞬間、銀色に輝いていた外壁が、一瞬で夜の闇に溶け込むような深い紺青色に変化した。
チャチャの持つ空間凍結の力が、流体魔鋼の性質をさらに変質させたのだ。
物理的な防御だけでなく、空間そのものを切り離して隔離する、絶対不可侵の結界。
「これなら、帝国のどんな最新兵器も、扉一枚叩くことすらできないわね。」
母さんが満足げに微笑んだ。
翌朝。
アステリアの街は、いつも通りの喧騒に包まれていた。
けれど、北の空から近づく不穏な魔力の塊を、僕のドローンはすでに捉えていた。
帝国の先遣隊。その数は十二。
彼らはまだ知らない。
自分たちがこれから挑もうとしているのが、ただの家ではなく、前世の科学と異世界の魔法、そして神獣の力が融合した、史上最強の防衛拠点であることを。
朝食のトーストを頬張りながら、僕は父さんと目を合わせた。
「来てるね、父さん。」
「ああ。だが、まずはしっかり食べてからだ。」
父さんの落ち着いた声に、家族全員が力強く頷いた。
チャチャは椅子の上で、もう一度短く、「ニャア」と鳴いた。
それは、家族の絆という名の、最強の戦闘開始の合図だった。
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