八話 チャチャの幸福
数ある作品の中から本作をお選びいただき、ありがとうございます。
拙い部分もあるかと思いますが、最後までお楽しみいただければ嬉しいです。
八話 チャチャの幸福
迷宮から帰宅した僕たちを待っていたのは、勝利の余韻をかき消すほどの強烈なチャチャの要求だった。
「お腹。空いた。背中と。お腹が。くっついちゃう。」
念話で響くチャチャの声は、前世の甘えた鳴き声よりも切実で、どこかユーモラスだった。神獣の枷によって知能が上がったせいで、空腹の表現まで豊かになったらしい。
「よし、よし。今すぐ最高のご馳走を作るからね。」
母さんが腕をまくり、迷宮で手に入れたばかりのオリハルコンフルイドの活用すら後回しにして、キッチンへと向かった。
「拓海、手伝って。最高純度の魔導火力を維持するのよ。」
「了解、母さん。」
僕は叡智のオーブを起動させた。脳内に広がる演算領域を使い、キッチンのあらゆる熱源と湿度をコンマ一ミリ単位で制御する。
今日のお品書きは、アステリアの市場で仕入れた最高級の銀鱗サーモンと、精霊の森で採取した魔力キノコの包み焼きだ。
まずはサーモンの下処理だ。大樹兄さんが身体強化を指先に集中させ、目にも止まらぬ速さで骨を抜き、完璧な厚さに切り分けていく。
次は僕の番だ。水魔法でサーモンの細胞内の水分を最適化し、旨味を閉じ込める。そこに母さんが、異世界のハーブとスパイスを絶妙な配合で振りかけていく。
真央姉さんは、風の魔法でキッチンの換気を完璧に行いながら、料理の香りがチャチャの鼻先に一番美味しく届くように風向きを操っていた。
「おいしそう。いい匂い。早く。早く。」
チャチャはテーブルの上で、身を乗り出してキッチンを凝視している。
お待たせ、チャチャ。特製、神獣用魔力フルコースだ。
父さんが、盛り付けられた皿を恭しくチャチャの前に置いた。
銀鱗サーモンは、僕の熱制御によって皮はパリパリに、身は驚くほどジューシーに焼き上がっている。添えられた魔力キノコは、母さんの特製ソースを吸って黄金色に輝いていた。
「いただきます。」
チャチャは念話で短く告げると、夢中で皿にかじりついた。
「美味しい。幸せ。パパ。ママ。みんな。大好き。」
一口食べるごとに、チャチャの体から青白い光の粒子が溢れ出し、部屋全体を温かく照らした。神獣化したチャチャにとって、食事は単なる栄養補給ではなく、魔力の充填そのものなのだ。
僕たち家族も、その光に包まれながら、母さんが作った余り物のリゾットを口にした。
前世では、コンビニ弁当や急いで書き込む夕飯が多かった。けれど今は、家族全員で一匹の猫の空腹を満たすために全力を出し、その幸せを共有している。
「ふう。満足。もう食べられない。」
皿をピカピカに舐め上げたチャチャは、大きなお腹を上にして、床にゴロンと転がった。鈴がチリンと鳴り、平和な音が部屋に響く。
チャチャが満足すると、僕たちの本当の仕事が始まる。
父さんが真剣な顔で、迷宮から持ち帰った戦利品をテーブルに並べた。
「さて、チャチャのお腹も膨れたことだし、次は僕たちの未来を盤石にするための開発会議といこうか。」
僕はチャチャの柔らかいお腹を撫でながら、叡智のオーブに意識を沈めた。
帝国ガイストの影が迫っている。けれど、この温かい食卓を守るためなら、僕は前世の科学を超越した未知の防衛兵器だって作ってみせる。
チャチャの満足げな寝息を聞きながら、僕たちは異世界での新しい夜を、より深く、より強く歩み始めた。
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