二十八話 天空の湯屋
数ある作品の中から本作をお選びいただき、ありがとうございます。
拙い部分もあるかと思いますが、最後までお楽しみいただければ嬉しいです。
二十八話 天空の湯屋
世界魔力循環の調整を終え、帝国との和解も果たした僕たちは、ある切実な問題に直面していた。
「……お風呂、狭くないかしら?」
母さんのその一言に、家族全員が深く頷いた。
これまでは家のユニットバスを拡張して凌いできたけれど、今や家族はカレンさん、リ口ちゃん、そして司書のエルまで増えている。おまけに天翼族やギルドの面々まで遊びに来るようになった。
「よし、決めた。この家の屋上テラスを丸ごと使って、世界最高の『天空露天風呂』を作ろう!」
僕が宣言すると、家族の目が一斉に輝いた。
工程1 源泉の錬成
温泉を作るには「湯」が必要だ。僕は海底図書館で見つけた古代の熱核術式と、重力石のエネルギーを融合させた。
熱源は地下の魔力炉から引いた純粋エネルギーを、流体魔鋼のパイプで循環。
泉質はエルに世界中の名湯の成分を解析させ、「疲労回復・美肌・魔力充填」の三拍子揃った特製成分をナノレベルで配合。
「拓海様、湯温は常に四十二度に固定。外気温に合わせて一秒ごとに微調整する術式を組み込みました」
カレンさんが精密なバルブ操作で湯加減を安定させる。
工程2 ロケーションの構築
真央姉さんが風の魔法で、お風呂の周りにだけ「常春の微風」を吹かせる結界を作った。
「見て、拓海! 雲を少しだけ吸い寄せて、足元に『雲の絨毯』を敷いてみたわ。まるでお湯が空に溶け込んでいるみたいでしょ?」
視界を遮る壁はなく、あるのは透明な魔導ガラスの縁取りだけ。
眼下にはアステリアの街明かりが、目の前には手が届きそうな星空が広がっている。
完成した「天空の湯・黎明」に、家族が次々と足を踏み入れる。
「……はぁぁ、極楽。前世のスーパー銭湯も凄かったけど、これはもう次元が違うわね」
母さんが髪をアップにして、真っ白な湯気に包まれる。
リ口ちゃんはエルと一緒に、浮かんでいる木桶のイチゴ牛乳(僕の特製)を飲んで目を回している。
「温度、水質、景観。すべてが論理的限界を超えています。これが……『ふやける』という感覚なのですね」
無機質なエルの頬が、お風呂の熱でほんのり桜色に染まっていた。
一方、男湯側(といっても大きな岩の仕切りがあるだけだが)では、父さんと大樹兄さんが豪快に肩まで浸かっていた。
「拓海、お前は天才だな。この水圧の刺激、戦いの疲れが芯から抜けていくようだ」
「父さん、そこにあるスイッチを押すと、背中を魔力でマッサージする『打たせ湯機能』が起動するよ」
「……っ、これだ! これを待っていたんだ!」
そんな僕たちの横で、チャチャは特注の「浮き輪」に乗って、お湯の上をぷかぷかと漂っていた。
「ボク。溶けそう。お水。嫌いだけど。この。お湯。大好き。タクミ。次。アイス。持ってきて」
翌朝、この温泉の噂を聞きつけた人物がいた。
アステリアのギルドマスター・モーガンと、なんと帝国宰相のヴァルガンだ。二人は白いバスタオルを腰に巻き、恐る恐る屋上の脱衣所に現れた。
「……あ、あの、拓海くん。本当に我々のような部外者が入ってもいいのかね?」
「もちろんです。裸の付き合いに国境も地位もありませんから」
僕が案内すると、二人は絶景の露天風呂に浸かり、同時に深い溜息を漏らした。
「……争いなど、馬鹿らしくなるな。ヴァルガン宰相、この湯に免じて、例の国境検問所の件、少し融通を利かせてもらえんか?」
「……ふむ。この『打たせ湯』の心地よさに比べれば、領土問題など塵に等しい。検討しましょう、モーガン殿」
温泉の湯気の中で、数十年解決しなかった政治問題がするすると解けていく。
まさに、最強家族による「湯けむり平和条約」の締結だった。
「タクミ。平和。おいしい。お風呂。最高。ボク。もう。ここから。出ない」
チャチャが僕の頭の上で丸くなり、温かな風が通り抜けていく。
僕たちの家は、今や世界で最も平和で、最も「あったかい」場所になっていた。
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