二十九話 地下の聖地
数ある作品の中から本作をお選びいただき、ありがとうございます。
拙い部分もあるかと思いますが、最後までお楽しみいただければ嬉しいです。
二十九話 地下の聖地
温泉が完成し、世界中の権力者たちが「湯治」という名目で我が家を訪ねてくるようになった。
だが、そうなると新たな問題が発生する。
「拓海、最近家の中がちょっと騒がしいわね。天翼族の騎士たちが廊下でシフォンケーキを待っていたり、帝国の魔導師がエルの書庫で勝手に徹夜していたり……」
母さんがエプロンのポケットに手を突っ込み、少し困ったように眉を下げた。
家族の団らんの場であるリビングにまで、外部の視線が入り込むようになってしまったのだ。
「……そうだね。僕たち家族の『本当のプライベート』を守る場所が必要だ」
僕は家の地下、魔力炉のさらに奥深くにある未開発エリアに目をつけた。そこを家族だけが、前世の思い出に浸りながらリラックスできる「秘密の地下基地」に改造することにしたんだ。
今回のテーマは「現代日本の娯楽」だ。異世界にはない「懐かしさ」を形にする。
1.シアタールーム 叡智のオーブに保存されている僕の記憶から、映画やアニメのデータを引き出し、壁一面の魔導スクリーンに投影。音響は真央姉さんの風魔法で「7.1chサラウンド」を再現。
2.ゲーセンエリア 流体魔鋼を加工して、格闘ゲームやレースゲームの筐体を作成。演算はエルが担当し、オンライン対戦並みの低遅延を実現。
3.畳のリビング これが一番大事。イグサに似た魔導植物を育て、家族でゴロゴロできる「和室」を完備した。
「拓海様、この『コタツ』という暖房器具……魔力効率が悪すぎますが、精神的な多幸感が異常値を示しています。解析不能です」
エルが不思議そうに、毛布の中に足を突っ込んでいる。
数日後。
地下の秘密基地には、異世界の最強一家が完全に「ダメ」になっている姿があった。
「あぁ……これよ、これ。冬はやっぱりコタツにみかん(天空苺で代用)よね……」
母さんが畳の上で溶けている。
隣では大樹兄さんと父さんが、最新の格闘ゲームで本気の親子喧嘩を繰り広げていた。
「親父! その超必殺技はズルイだろ!」
「はっはっは! 剣術もゲームも、読み合いがすべてだぞ、大樹!」
真央姉さんはヘッドホンをして、前世のJ-POPを聴きながら読書にふけっている。
そして僕は、チャチャと一緒にコタツの真ん中で丸くなっていた。
「タクミ。ここ。天国。ボク。もう。一歩も。動かない。世界。滅びても。ここ。守る」
チャチャの宣言は冗談に聞こえなかった。実際、この地下室は僕が作った最強の障壁で守られており、たとえ地上の家が吹き飛んでも、ここだけは無傷で残る設計だ。
「……あ、拓海様。地上に誰か来ました。帝国のヴァルガン宰相です。『温泉の回数券が切れたので更新してほしい』とのことですが……」
エルの報告に、僕はコタツの中から顔だけを出して答えた。
「『今日は家族定休日です』って伝えて。……あ、あと、お土産のプリンを冷蔵庫に入れといてって」
「了解しました。……私も、もう一回だけ、コタツに入ってもいいでしょうか?」
無機質だったエルの瞳に、すっかり「ぐうたら」の光が宿っていた。
地上では帝国とギルドが協力して道路を作り、天翼族が空の物流を担い、世界は劇的に良くなっている。
けれど、僕たち家族にとって一番大切なのは、この地下室に流れる、何てことのない、少しだけだらしない時間だ。
「ねえ、拓海。次はここに『カラオケ』ってやつ、作ってくれない?」
母さんの無茶振りに、僕は苦笑いしながらオーブを起動した。
「いいよ、母さん。……じゃあ、エル。エコーの調整をお願い。カレンさんはタンバリン担当ね」
「喜んで、拓海様!」
異世界に転生して、最強の力を手に入れて。
でも、僕たちが辿り着いた答えは、やっぱり「家族で笑いながら、美味しいものを食べて、のんびり過ごす」という、前世で叶えたかったはずの、ささやかな夢だった。
「タクミ。ボク。歌う。ニャー。ニャニャニャー」
チャチャの下手くそな歌声が、防音バッチリの地下室に響き渡る。
僕たちの物語は、これからも続いていく。
この温かな「我が家」と一緒に、どこまでも、いつまでも。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
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