十九話 天翼族(エリアル)
数ある作品の中から本作をお選びいただき、ありがとうございます。
拙い部分もあるかと思いますが、最後までお楽しみいただければ嬉しいです。
十九話 天翼族
カレンとリ口が「最強の隣人(兼お手伝いさん)」として馴染み始めた数日後、我が家にはかつてない活気が満ちていた。
「拓海様、この流体魔鋼の伝導効率をさらに0.02%向上させる術式を考案しましたわ。帝国の暗殺回路を逆転させたものです」
「カレンさん、それ素晴らしいよ。隠密用の魔力隠蔽技術が、まさか省エネ回路に転用できるなんて」
リビングでは、カレンが最新の魔導工学を駆使して家のインフラをメンテナンスし、庭ではリ口が真央姉さんと一緒に「対人・対魔獣用」の回避訓練(という名の全力鬼ごっこ)に励んでいる。
家族の安全と、居候たちの忠誠心も確保できたところで、僕はついにあのアイテムを投入することにした。父さんと大樹兄さんが命懸けで持ち帰った『重力石』だ。
「よし、みんな。今日はこの家を、少しだけ『高く』してみようか」
僕の宣言に、家族全員(と元スパイ親子)が庭に集まった。
重力石を家の地下にある魔力炉の核に据える。叡智のオーブが起動し、家の周囲の重力定数を書き換えていく。
「チャチャ、空間の固定をお願い。揺れないようにね」
「任せて。タクミ。ボク。しっかり。掴んでる」
チャチャが小さく鳴くと、家の地面が震えることもなく、ふわっと浮き上がった。
高度10メートル、30メートル……100メートル。
アステリアの街が眼下に広がり、遠くの地平線までが見渡せるようになる。
「すごい……! 雲が近くなったわ!」
母さんがバルコニーから外を眺めて歓声を上げる。
「これなら、帝国の地上軍は手も足も出ないわね」
カレンも驚愕の表情で、眼下の景色を見つめていた。
しかし、家を浮かせて数時間後。高度300メートルで優雅にティータイムを楽しんでいた僕たちの前に、不速の客が現れた。
それは、帝国の軍勢ではない。
空の支配者、『天翼族』の調査騎士だ。
背中に白い翼を持つ彼らは、突如現れた「浮遊する家」に驚き、武装してバルコニーに降り立った。
「地上人よ、静止せよ! ここから先は天翼族の領空である。許可なく浮遊建造物を侵入させることは……」
騎士が言いかけたその時、チャチャがのっそりと前に出た。
「うるさい。鳥さん。お茶の時間。静かに。して」
チャチャから放たれた圧倒的な神獣のプレッシャー。天翼族の騎士は、その場に平伏した。彼らにとって、神獣は信仰の対象に近い存在だ。
「し、失礼いたしました……! まさか、聖なる白き猫神様が、このような木造建築にお住まいとは……!」
「猫神様じゃなくて、チャチャですよ」
僕は苦笑いしながら、騎士にハーブティーと、母さん特製のシフォンケーキを差し出した。
「領空侵犯はすみません。悪気はないんです。もしよければ、お一ついかがですか?」
天翼族の騎士は、恐る恐るケーキを一口食べた。
「……ッ!? な、なんという柔らかな食感! 我らが雲の上で食べている干し肉とは比較にならない……! これこそ天上の食べ物だ!」
また一人、我が家の「胃袋」の犠牲者が増えた。
騎士は感激のあまり、「もしよければ、上の浮遊島にある我らの里と交易をしていただけないか」と、国家レベルの提案までしてきた。
一方、地上からこの様子を望遠鏡で見ていたゼノス将軍は、泡を吹いて倒れていた。
「浮いた……! あの家が浮いただと……! しかも、気難しい天翼族と談笑している……! 我が帝国の最新鋭飛行艦隊ですら、天翼族には手を出せなかったというのに!」
帝国が送り込んだスパイは胃袋を掴まれ、空の覇者である天翼族はシフォンケーキに屈した。
「次は、何が来るかな?」
僕は、アイテムボックスから新しい実験器具を取り出しながら、いたずらっぽく笑った。
父さんは魔剣を研ぎ、母さんは天翼族用のレシピを考え、チャチャは雲の上で昼寝の準備をしている。
僕たちの「異世界家族」の平穏な、しかし常識外れな日々は、空の上にまでその影響力を広げ始めていた。
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