十六話 帝国ガイスト
数ある作品の中から本作をお選びいただき、ありがとうございます。
拙い部分もあるかと思いますが、最後までお楽しみいただければ嬉しいです。
十六話 帝国ガイスト
帝国ガイストの辺境守備軍司令部。そこには、数時間前まで「無敵」と謳われた魔導重装騎士団の、見るも無惨な成れ果てが転がっていた。
「報告しろ。何が起きた……何が起きたと言っているんだ!」
司令官のゼノス将軍が机を叩き、激昂する。目の前で震えているのは、命からがら逃げ帰った先遣隊の生き残りだ。
「は、報告します……。対象の民家に接近した瞬間、重力が消失……いえ、増幅され、一歩も動けなくなりました。さらに、空中からの竜騎士隊は、何もない空間で『壁に激突したかのように』全滅……」
「馬鹿な。あそこには、ただの家族が住んでいるだけのはずだ。男が二人、女が二人、子供が一人……それと、ただの猫が一匹だろう!」
ゼノスの怒号に、生存者がさらに顔を青くして続けた。
「……猫、です。あの猫が鳴いた瞬間、世界から『色』が消え、時間が止まりました。我々が正気に戻った時には、すべての戦車の魔導核が抜き取られ、武器は錆びた鉄屑に変わっていたのです……。あれは家ではありません。『災厄の神殿』です!」
混乱を極める司令部に、コツコツと冷たい靴音が響いた。
現れたのは、皇帝の右腕であり、帝国の科学と魔法の最高責任者、宰相ヴァルガンだ。
「ゼノス将軍、見苦しいですよ。数においても質においても圧倒していたはずの我が軍が、たった一家族に完封された。これはもはや、軍事の問題ではありません」
ヴァルガンは、偵察ドローンが最後に捉えた「我が家の全景」を魔法投影で映し出した。
「見てください。この流体魔鋼の配置、空間歪曲の係数……。どれをとっても、我が帝国の数百年先を行っている。特にこの、少年が持っている『青いオーブ』。これこそが失われた古代文明、あるいは異世界の英知そのものだ」
ヴァルガンの瞳に、狂気に近い好奇心が宿る。
「……将軍、軍を退きなさい。これ以上の強襲は、帝国の戦力を無駄に削るだけだ。彼らは『敵』にするにはあまりにも巨大すぎる」
「では、宰相、あの一家を野放しにせよと言うのか!?」
「いいえ。力で屈服させられないのなら、『日常』の中に潜り込むまで。彼らは家族の絆を重んじている。ならば、我々もその『善き隣人』として近づくべきだ」
ヴァルガンは不敵な笑みを浮かべ、手元の書類にサインした。
「帝国最高ランクの隠密捜査官を、アステリアの街に送り込みなさい。身分は『隣の家に引っ越してきた親切な未亡人』と『その娘』……。彼女たちに、あの家庭の『懐』に入り込ませるのです。彼らの技術、そしてあの猫の正体を、内側から暴くために」
その頃、そんな帝国の陰謀など露知らず、我が家では平和な空気が流れていた。
「ねえ拓海、隣の空き家、誰か引っ越してくるみたいよ? 挨拶のクッキー、多めに焼いておこうかしら」
母さんの明るい声に、僕は叡智のオーブをチラリと見た。
そこには、異常なほど高い魔力数値を隠し持った「母娘」が、荷車を引いて近づいてくる反応が出ていた。
「……面白いね。母さん、クッキーには僕が作った『自白剤』……じゃなくて、『リラックス効果のあるハーブ』を少し混ぜておこうか」
チャチャが窓辺で、新しい獲物を見つけたかのように目を細めた。
「タクミ。新しい。おもちゃ。きた。今度は。だまされないぞ」
帝国最強の「スパイ」と、異世界最強の「家族」。
庭を挟んだ、負けられない「ご近所付き合い」の幕が上がろうとしていた。
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