十一話 ママと真央姉さんの買い物
数ある作品の中から本作をお選びいただき、ありがとうございます。
拙い部分もあるかと思いますが、最後までお楽しみいただければ嬉しいです。
十一話 ママと真央姉さんの買い物
帝国の隠密部隊を退けた翌日、我が家には久しぶりに穏やかで華やいだ空気が流れていた。
戦いの緊張感が解けると、女性陣のエネルギーは別の方向へと向かうらしい。
「拓海、今日は真央と一緒にお買い物に行ってくるわ。家の防衛も大切だけど、生活の潤いも大事よ。」
母さんが、前世の二十代の頃に着ていたお気に入りのワンピースを思わせる、この世界の軽やかなドレスを身に纏って微笑んだ。
若返った母さんは、街を歩けば間違いなく二度見されるほどの美貌を取り戻している。
「私も新しい楽譜と、魔法の杖に飾るリボンが欲しいな。拓海、お留守番お願いね。」
真央姉さんも、八歳の可憐な少女の姿に違わぬ愛らしい笑顔で手を振った。
彼女の腰には、僕が昨夜の流体魔鋼の端材で作った、風の魔力を増幅する小さなペンダントが揺れている。
「気をつけて。チャチャ、二人の護衛を頼めるかな。」
僕は足元で毛繕いをしていたチャチャに声をかけた。
「任せて。タクミ。ボクが。二人を。守る。悪いやつ。みんな。カチンコチン。」
チャチャは誇らしげに胸を張り、真央姉さんの肩に飛び乗った。
三人が出かけた後、家の中は少しだけ静かになった。
父さんと大樹兄さんは庭で新しい剣技の打ち合わせをしており、僕はリビングのソファで叡智のオーブを展開し、買い物の様子をドローン経由で密かにモニタリングすることにした。
アステリアの商業区。
母さんと真央姉さんが歩く姿は、まるで絵画から抜け出したような親子、あるいは姉妹のようで、行き交う人々の視線を釘付けにしていた。
市場の喧騒の中、二人は楽しそうに店を巡っていく。
「見て、ママ。この布、風の精霊が好みそうな色。」
「本当ね。これで拓海の新しい服も仕立ててあげましょうか。」
母さんは、前世でも得意だった裁縫の腕を振るうべく、上質な魔導シルクを吟味している。
その背後では、チャチャが鋭い眼光で周囲を警戒していた。
ナンパな男が母さんに声をかけようとするたび、チャチャが微弱な冷気を放ち、男たちの足元を一瞬で凍りつかせて意気消沈させる様子がオーブに映し出される。
「あ、あのアイスクリーム屋さん、行ってみない。」
真央姉さんが指差したのは、魔法で冷やした果実のシャーベットを売る露店だった。
二人は甘いお菓子を頬張り、年相応の女の子として、そして一人の女性として、心からこの異世界の日常を謳歌しているようだった。
前世では、母さんは家事とパートに追われ、真央姉さんは受験勉強のストレスで、二人でゆっくり買い物に出かける余裕なんてほとんどなかった。
あの日、事故に遭う直前まで、車内にはどこか刺々しい空気が流れていた。
けれど今は、魔法と科学が共存するこの不思議な世界で、二人はかつて失いかけていた笑顔を完全に取り戻している。
買い物を終えて夕方に帰宅した二人の手には、たくさんの荷物と、それ以上の幸せな思い出が握られていた。
「ただいま、拓海。これ、お土産の魔導合金の精密ネジよ。あなたの研究に使えるでしょ。」
母さんが差し出したのは、僕が喉から手が出るほど欲しかった最新の素材だった。
「私からはこれ。チャチャと一緒に選んだ、研究中も目が疲れない魔法の眼鏡。」
真央姉さんが照れくさそうに手渡してくれたのは、風の魔法で常にレンズを清浄に保つ特殊な眼鏡だった。
「ありがとう。二人とも。」
僕は受け取ったプレゼントの温かさに、胸が熱くなった。
最強の武器や強固な城壁も大切だけれど、僕が本当に守りたかったのは、この何気ない買い物の帰り道の笑顔だったんだ。
チャチャは真央姉さんの肩から僕の膝へと飛び移ると、満足げに喉を鳴らした。
「買い物。楽しい。でも。歩きすぎて。お腹。空いた。」
「分かってるわよ。今夜は魚よ。真央が、買ってきた素材もあるから最高のご馳走を作るからね。」
家族の絆が、また一つ、柔らかく深いものへと重なったアステリアの休日。
黎明の光に照らされた僕たちの物語は、戦いの日々さえも彩りに変えながら、温かな夕餉のひとときへと続いていくのだった。
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