4-7 激怒
間の悪いことにそれは本社役員会の真っ只中。
突然の大手プロダクション社長の訪問に驚いた社長は役員会を中断して社長室で田城社長と対面した。
「田城さん、今回の企画はありがとうございました。低迷していた中で起死回生の案件になりました。ところでいったい今日はどうされたのですか」
「……どうもこうもない。このプロジェクトは獅子川さんありきだ。提案から企画了承までの全てを彼がまとめたものだ。あなたたちは義理堅い彼のおかげでそれに乗ることができただけだろう」
「ええそのとおりですよ。獅子川くんには本当に感謝しています」
「それがなんだ? 後からあれこれ権利を主張してきて、すでに交わしていた契約まで変えるとはそれがあなたのやり方なのですか?」
「いったいなんのことですか!?」
「……社長はご存じないのですか?」
「ええ、なんのことだかさっぱりです」
「昨日御社から本契約書が回ってきました。仮契約とは内容が違っていたので獅子川くんを問い詰めたら白状した。本社の意向が変わり、スキームにトラブルが出そうだったので、自身に係る部分で話をまとめたとのことです」
「え!? いったいどのような?」
「紙以外の権利も本社に帰属するべきだと言われたそうです。まあそれは獅子川くんが配慮した言い方だろうね。おそらく恫喝に近いものだったと私は理解していますが。それをしては外部の取り分にまで話が及ぶ。それを回避するために彼は自分の取り分をすべて放棄することで手を打ったそうです」
「なんですって!?」
「ウチは獅子川さんありきだ。彼からはこれまでと変わらぬ付き合いをと頼まれていたがこのようなことならウチは御社と付き合えない。この件はもちろん白紙にしたい。そしてそのあとはおそらくほとんどのプロダクションが追随するはずだ」
「なんてことだ。申し訳ない。私は全く把握していなかった。お恥ずかしい限りです」
「御社の契約者の署名は出版の取締役の竹山という男になっています。名前も聞いたことのない方ですがね」
「!!………田城社長。まずは心からお詫びします。そしてなにより獅子川のために動いてくださったことに感謝をお伝えしたい」
「………」
「部屋を変えてよろしいですか?」
―――――――
以下のことは田城さんと社長から聞いた話だが、かなりの胸スカだった。
役員会議室にひとりで戻った社長は会議を再開した。
「緊急動議を行う」
そもそも役員会議中に社長が中座することが異例なのに、戻るなり緊急議案の発動だ。
場は一気に緊張した。
「第一議案で報告のあった我が社の特別プロジェクトの件だ。致命的なトラブルが生じた」
竹山は何かを察したか身体を少し浮かせた。
「太陽プロとの契約書を確認したが、事前にここで報告されていた内容と一部が大きく変わっている。獅子川顧問の会社への支払いがゼロに変更されている」
全員が驚き、竹山取締役に目をやる。
竹山は体を震わせ汗をダラダラかきはじめた。
「竹山取締役、この契約書はなんだ。今日も最初の議案として意気揚々と重版や利益拡大について我が物顔で報告をしていたが、この件についてはなにも聞いてないぞ」
「そ、そ、それはですね、あの、あの、獅子川顧問からそのようにしてほしいと申し入れがありましたもので」
「誰もが知るようにこれは101%彼のプロジェクトだ。個人的な都合で迷惑をかけたと彼が置き土産に紙の利権を用意してくれたものだ。莫大な利益をもたらすこの事業に、私は逆に彼への報酬アップを提案して、先週の役員会でそのことは決議されたはずだ」
「え、ええ、わかってますよ。で、ですが顧問から急にそのように言われたもので。その契約書はどこから手に入れられたのか分かりませんが、顧問の意に沿って一応作ったものですよ! 実際の契約書はそれではありません!」
「その言葉に間違いはないな?」
「え、ええ!もちろんですよ」
社長は扉を開けて田城社長を招き入れる。
「こちらは太陽プロの田城社長だ」
それを聞いた竹山は椅子から転げ落ちた。
どうやら顔も知らなかったらしい。
まあ引き継ぎもしてないからな。
その点は私の不備だが、そもそも出版社の取締役が田城社長の顔も知らないなんてありえないのだが。
「きさま! 役員会でそのような嘘をならべるとは何事だ!!」
温厚で知られる社長が激怒した。
「訂正も何も君は社判と取締役印も押した契約書を昨日発送しているではないか! 田城さんがこのことをお聞きになってウチとの取引を今回の企画を含めて今後一切引き揚げると通告をしにいらした。竹山取締役、この事態を君はどう解決するつもりだ?」
竹山は変な声を出してその場で倒れ込み、そのまま泣き出した。
「緊急動議の続きだ。君の解任を議案として提案する。賛同者は挙手を。―――君以外全員が賛成だ。たった今、君は解任された。この場をいや、この会社からいますぐ出ていけ」
竹山はその場で失神したのだった。
―――――――
騒ぎを聞いて遅れて到着した私は事の次第を聞いた。
そんなことあるってくらいの恥ずかしいオチだ。
まあ気に入らないヤツだったからちょっとスッキリしたけどね。
「田城社長。お恥ずかしいことでした。私の指名した人事だ。責任は私にあります」
「いやそれは違います。もとはといえば私が急に辞任したからです。仁義を欠いたのは私だ。アレの罪は別として、この会社との付き合いはこれまで通りでどうにかお願いします」
「しかしな。私は媒体のブランドではなくシシありきだと伝えただろう。それを勘違いするようならこの会社からは手を引くとな」
「そのことも私の引き継ぎ不足です。私はここに大事な部下を残している。顧問として彼らを守るのは私の大事な役目です。どうかこのことは無かったことにしてもらえませんか」
「……いいだろう。仲山社長。これからの付き合いは継続しましょう。だが株式会社シシを通したものしか当面は受けるつもりはありません。もう一度信頼を勝ち得てください」
「わかりました。温情に感謝いたします」
こうして事件は無かったことにされた。
私の報酬は30%に社長が指示していた上乗せ10%をさらに超えて50%となったのであった。
その後のことだが、私の後任となったあと竹山の指示で行った施策がことごとく失敗して出版の数字はひどいものになっていたそうだ。
私への報酬をその粉飾に充てようと画策したらしい。
媒体が壊れたなら媒体を直さないとダメだ。
それを放置して別で数字合わせをしても何の意味もない。
そのことを進言したら社長は改めて力を貸してほしいと頭を下げてきた。
私に副社長の座を用意したいと言ってもらえたが、それは気持ちだけいただくこととして、顧問として引き続きこの会社を支えますと伝えたのだった。




