好きすぎて滅!──4
扉の向こうに立っていたのは、予想していた通り──永月だった。
いつも通りのスーツ姿だ。でも刀は持ってない。しかし、彼の利き手である左手は、何かを隠すように背後に隠れていた。
目が合うなり、青と金色のオッドアイが私を鋭く睨みつける。
なんでこんな時間に。それに、こいつが私の家を訪ねてくるのなんて初めてだ。
もしかしてイチゴのことがバレた? ……いや、そんなわけない。
大丈夫、とりあえずは平静を装って対応すれば──。
「永月、あんたこんな時間に何の用?」
できるだけいつも通りの声で言ったつもりだった。
でも永月は何かを探るように、じっと私の目を睨んだまま黙り込む。そしてため息をつき、後ろ手に持っていた物を差し出してきた。
「これ、室長から渡せって頼まれた」
「え?」
そこにあったのは書類の入ったファイルだった。
「『明日には提出が必要だからお願いね』だと。ったく、俺を使いっ走りにしやがって」
「あ……ありがと」
内心胸を撫で下ろしながら、私はファイルを受け取る。ふと永月がまだこちらを見ている気がした。
恐る恐る顔を上げると、やはり永月はまだ私を睨んでいた。
弛緩したはずの気分に、再び緊張が走る。
「なあ、最近何か変わったこと無いか?」
「え……変わったこと? いや、特に無いけど。ぜんぜん、いつも通りっていうか……」
永月と会話しながらも、部屋に隠れているイチゴに意識がいってしまって仕方がない。
イチゴお願い。絶対に出てこないで。
心の底から願いながら、平静を装って永月の返事を待つ。
「……そうか」
意外にも永月はそれだけ返して、視線を外した。そのまま踵を返す。
「じゃあな。それ、明日にはちゃんと出しとけよ」
「う、うん……ありがとね」
その背中を見送り、扉を閉める。
バクバクと鳴り響く胸を押さえて、私はようやくため息を吐いた。
書類か、そういえば冬華に持って帰るように言われてた気がする。ぼんやりしてたせいで忘れちゃってた。
「……大丈夫だった?」
リビングの方から声がする。イチゴが心配そうにひょこりと顔を出した。
「うん。大丈夫だったよ」
そう声をかけると、イチゴもようやくほっとした顔をする。
「さっきの話し合い……続ける?」
あまり気乗りはしないけど、イチゴの提案に、私は頷くしかなかった。
こんな隠れてビクビクする生活、いつまでも続けてられない。
どうにかして冬華と永月に、イチゴのこと納得してもらう方法考えなきゃ。
「そうだね。あ、ちょっと待って、その前にこれ書かなきゃ、明日までだ、し──」
さっき手渡された書類をファイルから取り出し、私は目を見開く。
The culprit is there.
真っ白な用紙には、それだけが書かれていた。
ガンッ!
玄関扉を叩く音が、室内に響いた。私とイチゴは玄関を見つめ、その場で固まる。
次の瞬間、施錠を忘れていた扉が、ゆっくり開いた。
姿を現したのは、鞘に収めた刀を手にした永月だった。
「お前さ、あんな薄っぺらいクソ演技で、俺を騙せると思ってんのか?」
嫌悪するような声と共に、綺麗に磨かれた黒い革靴が玄関に踏み込む。
私は成すすべもなく立ちすくみ、それを見つめることしか出来なかった。
「な、なんのこと……?」
私はとぼける。こんな状況でもとぼける。他に方法が思いつかなかった。
永月の目が、私の背後を見る。その瞳は、イチゴをはっきりと捉えていた。
「最近お前の様子がおかしいから、後をつけさせてもらった。そいつがアンユータラス事件の犯人だな?」
永月の口から確信を突いた言葉が出てくる。私はすぐに振り返り、叫んだ。
「イチゴ! 逃げてっ!」
イチゴの姿が瞬時に隠れる。しかし永月は動じずに言った。
「無駄だ。俺の目は特別製でな。たとえ能力で隠れようが、そいつの輪郭を捉えることに意識を集中すれば視えるんだよ。ショッピングモールで姿ははっきりと視認したからな。今はもう見えるぞ、はっきりとな」
ショッピングモールに行った時、イチゴは能力を使ってなかった。まさかあの時、見られてたなんて──。
永月の目がギラリと光り、視えないはずのイチゴを視線で追う。
観念したようにイチゴは姿を現した。ヘーゼルナッツの瞳が、訪問者である永月を警戒するように睨む。
ピンと張り詰めた空気が場を支配した。
「……イチゴ」
「イチゴ、それがあんたの名か?」
「だとしたら何?」
永月は腕時計を確認する。
「22時46分。あんたを殺人の容疑で逮捕する。今から6課に連行させてもらうぞ」
「『嫌だ』って言ったら?」
この上なく冷たい声でイチゴが問い、彼女が一歩踏み出す。嫌な予感がして、私はすぐに叫んだ。
「待ってイチゴ! 永月には何もしないで!」
「でもっ!」
「もし永月に危害を加えたら、あんたと絶交するからっ!」
「っ!」
イチゴが動きを止める。冷や汗が額を伝って、口の中が乾いた。
どうしよう。このままじゃどう頑張っても悪い方向にしかいかない。私が何とかしなきゃ。
イチゴはきっと私の言うことなら聞いてくれる。
だから永月を……永月を説得しなきゃ!
「あ、あのね永月。イチゴは確かにアンユータラス事件の犯人だけど、命令されて仕方なくやったの。今はすごく反省してて……約束したの。『もう人は殺さない』って! それにイチゴ、私の言うことなら、素直に聞いてくれるし……だからあの、イチゴは……イチゴを6課のホルダーにさ──」
「お前、被害者の家族の前でもそう言うのか?」
「え?」
「自分の家族を無惨に殺されて、嘆き悲しんでる人間の前で、『あなたの娘は仕方なく殺されたんです。犯人は反省してます。だから許してあげてください』って、そんな適当な言葉で説明すんのか? 正義を執行する側であるはずのお前が、犯人を庇うのか?」
「……それは、」
「お前、6課失格だな」
永月が鞘から刀を抜く。その青く光る切先が、私へと向けられた。
「アイちゃん!」と背後でイチゴが悲痛に叫ぶ。
「話が通じないと言うならお前からだ。刃金、お前を裏切り者として処分する」
その言葉が、やけに静かに響いた。
「最後通告だ。刃金、そこをどいて大人しくそいつを引き渡せ。でなければお前をここで殺す」
足が、動かない。私、何を呑気なこと考えてたんだろう。
本気だ。永月、本気で私を殺そうとしてる。
説得なんて通じない。いくら言葉を並べた所で、止まらない。
「私……わたしは──」
永月の冷たい視線に縫い付けられたみたいに、身体が凍りついたみたいに動かない。
頭の中は真っ白で、何も考えられない。膝もガクガクと震えていた。
何とかしないと。イチゴをどうにかして、逃さないと──。
「ごめんね。アイちゃん」
背後でイチゴの声が、小さく聞こえた。
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