好きすぎて滅!──5
「ごめんね。アイちゃん」
背後で小さく声がして、目の前にイチゴの背中が突然現れる。
その手にはキッチンにあったはずの包丁が握られていた。イチゴは驚いた顔の永月の腹部へと目掛け、その切先を突き出す。
「ダメっ!」
叫んで駆け出したけど間に合わない。
切先が永月に刺さろうとしたその時だった。
──『動くな』。
声がして、ぴたりとイチゴの動きが止まる。
次の瞬間、イチゴの足元にバラバラと手榴弾が転がった。
永月の背後に視線を向ける。
拡声器を手にした孔雀さんと、手榴弾を構えているティアラちゃんが立っていた。
「動かないでよ。ちょっとでも妙な真似したら、点火するからっ!」
「…………」
成すすべが無いのだろう。イチゴは沈黙してしまった。
私を守ろうとしたであろう小さな背中を見つめながら、当の私は、何もできず立ち尽くしていた。
「刃金、コントロールXだ」
声にハッとして顔を上げると、永月が私を睨んでいた。
「お前は6課の人間だろ? 違うのか?」
「……私は、」
「さっさとやれ。コントロールXだ……分かったな?」
鋭いオッドアイからの重圧に耐えきれず、私はこの場にいる5人へと意識を限定する。
空間が歪み、転移し、元の景色へと戻った。
コントロールXを使ってしまった。私が解除しないかぎり、イチゴはこの空間から逃げることができない。
でも、もし私がコントロールXを解除すれば、私はもう、6課にはいられなくなるだろう。
こんなの、どうしたら──。
「……あは、あははっ、あははははっ!」
イチゴは笑う。声を上げて笑う。よっぽどおかしかったのだろう。イチゴの目には、涙が浮かんでいた。
「あははははっ! あー危なかったぁ。あのままあんたを殺してたら、アイちゃんに絶交されちゃうところだったよ。止めてくれてありがとね。お二人さん?」
イチゴは二人に礼を告げる。孔雀さんとティアラちゃんは、警戒するようにこちらを見ていた。
「アンタ達さあ、寄って集って騙し討ち? 三人がかりとか卑怯でしょ。ていうか、こんなの意味ないよ? わたし、この状況からでも逃げられるの──簡単にね」
次の瞬間、イチゴの手にあった包丁が床に落ちる。
何かに縛られたように動けなくなっていたはずのイチゴの身体が自由になり、永月の手にあったはずの刀も、イチゴの足元にあった手榴弾も消えていた。
「ほぇっ!? 手榴弾消えたんだが!? なんでぇ!?」
ティアラちゃんが驚いた声を上げると、イチゴは余裕の笑みを浮かべ、長い髪を軽く払ってなびかせた。
「あんた達の無意識に命令させてもらったの。『わたしへの能力を解除しろ』ってね?」
「なるほどねぇ、随分厄介な能力だな」
感心したように孔雀さんが呟く。イチゴは両手を後ろで組み、永月達をからかうように小首を傾げた。
「まあそう殺気立たずに。交渉しましょうよ、6課のみなさん? わたしだって無用な殺生はしたくないの。これ以上……アイちゃんに嫌われたくないしね?」
イチゴが私を振り返る。その顔は、ひどく寂しい笑みを浮かべていた。
「あんたの条件はなんだ?」
永月が問いかける。イチゴは余裕の笑みを崩さず答えた。
「私をこのまま逃がして、アイちゃんをお咎めなしにして」
「後半は可能だが、前半は無理だね」
「立場わかってる? 今すぐあんた達を殺したっていいんだよ?」
確かに今の状況じゃ永月達に勝ち目はない。私も含めて。
永月を見る。何故か口の端を釣り上げ、不敵な笑みを浮かべていた。
「なんだお前、もしかして自分が有利だと思ってるのか?」
「は?」
「お前の能力については割れてる。こっちは既に対策済みなんだよ」
「は? 割れてるから何? 対策? わたしの能力を知ってるなら、なおさらそんなもの存在しないって分かるでしょ。もう一度無意識下に入り込んであんた達をぶっ殺して、アイちゃんに空間転移を解除させてから記憶からわたしを消してしまえば、それでジエンドよ。もう誰もわたしを追うことなんか出来ない」
「お前の情報を知ってるのが俺達だけじゃないとしても?」
「だとしても変わらない。6課の人間からわたしの情報を知ってる奴を聞き出して、そいつらの記憶も全員殺すから」
「……あはは、」
永月は笑う。咳をするみたいに。吐き捨てるみたいに。
永月が笑い声を上げているところを、私は初めて見た。
「残念だが、その人にはお前の能力は効かねえよ。格が違うからな。もし戦うことになったとして、お前には一切勝ち目なんかねぇよ」
「何その自信? 言っとくけど、わたしの能力は全生物適用。それに代償も当分必要ない……もう充分払ってきたからね」
イチゴが目を伏せる。その瞳の奥は、暗い記憶を思い起こしているようだった。
「悪魔」
「は?」
「聞いたことないか? 『公安の悪魔』。あの人はもう、お前を『観測』してしまってるんだよ」
公安の悪魔。
その単語が永月の口から出た瞬間、イチゴが目を見開く。イチゴの顔から、さあと色が引いていった。
「公安の悪魔が……わたしを?」
「この言葉の意味、分かるよな?」
「公安の悪魔が……そんな、どうして……あいつはわたしみたいな下っ端を標的になんかしたりしない。嘘よそんなの……絶対嘘に決まってるっ!」
「ここに来る時にそれに見合う代償を払ってきた。喜んで引き受けてくれたさ。『俺のためならば』ってな」
「まさか……そんな、」
それまでの余裕が嘘みたいに、イチゴの語気が弱まる。華奢な足ががくがくと震えだした。
「もし俺達に何かがあれば、あの人は確実にお前にたどり着く。それに……そんな事態になる前に──お前は死ぬことになるだろうしな」
なあ、刃金?
永月が何故か私に問いかける。イチゴの疑惑の目が私を捉えた。
「アイちゃん。もしかして……裏切ったの?」
「違うっ! 私、イチゴのこと誰にもしゃべってないっ!」
「……それは分かってるよ。だってわたし、毎日アイちゃんに『聞いてた』から」
「聞いてたってまさか──」
イチゴが力なく笑う。それが答えだと思った。
「そっかぁ。わたし、ここで終わりなんだ。あーあ、こんなことになるんだったら、アイちゃんと友達になんか、なるんじゃなかったなぁ……ううん。それは嘘。わたし、アイちゃんに出会えてよかったって、今でもそう思ってるもん」
「……イチゴ」
「大人しくついてくるのなら悪いようにはしない。少なくとも、公正な裁きを受けられるように手配してやる」
「絶対に嫌。どうせあんたたち、仲間の情報を吐かせた後わたしを殺すんでしょ? アイちゃんと引き離そうとするんでしょ? だったらもういいよ──ここで死ぬから」
床に落ちていた包丁を再び手に取り、自らの喉元へと刃先を構えた。
「イチゴっ!!」
イチゴが私を見る。その目まるでガラス玉のようだ。生気がなかった。全てを諦めていた。
死相というのは、きっとこういう顔を指していうのだろう。
ふいに、彼女が自らの口で語った凄惨な過去が、その顔にダブった。
同じ色をしているのに。同じ形をしているというのに。
その瞳は、一緒に過ごしていた時間の中で彼女が見せていた。キラキラと輝く無邪気な瞳と同じものには、到底見えなかった。
「アイちゃん。やっぱりこの世界には、変わることのない愛なんて、揺らぐことのない愛なんて……存在しないんだね?」
「っ! 刃金!」
永月の叫び声とともに、背後でガチャンと包丁が落ちて、腕の中でイチゴが目を丸くする。
気づけば私は駆け出していた。
イチゴを抱えて──駆け出していた。
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