杏のきもち
「無駄だよ、里沙。しーちゃんにとっては、ゴリラはみんなおなじ顔、ってくらい、男もみんなおなじに見えてるんだとおもうよ」
戸を開けて入ってきた千夜のことばに、紫苑はぐっと返答に詰まった。
まちがいなくゴリラはみんな同じ顔だとおもうが、それと人間の男がおなじなわけはない。
……とはおもうが、たとえば秋美のサッカーの試合を見に行っても、遠目には親友さえ背番号でしか見分けられないのが紫苑の密かな悩みだった。
あれは、みんな似たような年格好で腹が出たりもしていないのが原因だとばかりおもっていたが、要は、紫苑にとってゴリラ並に関心がないということなのだろうか。
「そのわりには、キャラの描き分けはできてたよね。どういうこと?」
「それはアニメの絵なら髪の色で────ごほん。いや、そんなことはどうでもいいだろ! チー、杏は何だって?」
三人分の視線を受けて、千夜がぽり、と髪を掻く。
「うん……明日、ここにくるって。超渋ってたけど、しーちゃんもいるからだいじょうぶだよっ、って言ったら行くって言ってくれた」
「杏って、紫苑は信頼してんだ?」
「俺には利害がないからだろ。それに、俺にとっては杏もひとまとめに年下の女の子だけど、おまえたちに対しては、ひとりだけ年上だって遠慮がどっかにあるんじゃないか? チーは別として、つきあいの長さも俺の場合、差がねーからな」
紫苑のことばに、他の三人は誰からともなく顔を見合わせた。
「四人目ってこと、気にしてんのかな?」
「いつだったか、真名も他の三人だけでマンガは描けるんだって言ってただろ? それを言うなら、杏だっておなじことを考えてるんじゃないか? だから、四人組でずっとやっていけるように売れることとか、税金のこととか法人化まで考えてたんだとおもうぞ。なるべく貢献して、ひつような存在になろうとしてたんだろ」
「法人化ってナニ? そんなはなし、私たち聞いたことないけど……?」
ぱしん、とテーブルに箸を置いた里沙に、紫苑はおもわず頭を掻いた。
余計なことを言ったかもしれない。
「私は、聞いた気がする。けど、法人ってナニって訊いたら、杏ちゃん固まっちゃって、もうすこし勉強してから説明するねーって言われた。私がフンフンそれいいねって聞いてたら、もっといろいろ相談してくれたかも──」
しょぼくれた顔でうつむく千夜を見て、里沙はそれ以上なにも言わなかった。
紫苑は千夜に歩み寄って、くしゃり、と髪を撫でる。
「俺は、あいつがどうしてそんなに売れることを考えてるのか、訊いたから知ってる。おまえたちはちゃんと訊いたことがあるか?」
「…………どうしてか?」
「今、自分が言ったよね。四人組でずっとやっていくためなんでしょ?」
紫苑はため息をついた。
里沙、と呼ぶ。
「俺が言ったのは単なる理由であって、杏のきもちじゃない」
「杏ちゃんの、きもち──」
真名のつぶやきに、紫苑はうなずく。




