三点透視図法
それから、紫苑の即席講座は三十分ほどつづいた。
三人とも、紫苑の説明を受けて、適当な紙にパースをとり、人体の当たりをつけていく。
パースとは、透視画法や遠近法とも呼ばれ、消失点に向かってものを小さくしていくことで、絵に奥行きや高さを出す技法として絵画、デザインの世界では必須とされる。
もちろん、マンガやイラストを描くにも大いに使えるのだが…………ふしぎなことに、それなりに画力のある里沙がいちばんパースの理解に苦しんでおり、以前にも紫苑の説明を受けたはずの千夜よりも、なぜか真名の方が先にパースを物にしてしまった。
「うーん。杏が、ちゃんと『取り説』を読むとか、メカも描けそうとか言ってたけど、真名は理論から入れるってことだったのかな。でも、なおさら、背景描くには向いてるかもな」
「ほんとうですか?」
「うえーん、しーちゃん、三点ナントカがわかんない。そんなのなくても人物は描けるよ」
「うえーん、しーちゃん、一点透視図法からしてわかんない。わかんなくても人物は描けるけどね!」
千夜の真似をした里沙のことばに紫苑は本気でずっこけた。
一点透視図法とは、廊下の先が狭く見えるやつ、といえば大抵の人には通じる。
パースでは、もっとも基礎だ。
おそらく里沙は、遠近法という理論ではなく目に映る現象として遠近感をとらえ、感覚で絵の中に反映させていたのだろう。
それだってもちろん絵は描ける。
とくに、人物を平面的に配置して奥に背景を描くという単純な構図では、空間に違和感が生じることもないはずだ。
「里沙、おまえは画力があるからそれで押し切れるところもあるだろうけど、時間があるときにちゃんと勉強しとけ。そしたら一生、何をどんな構図で描くにも困らないから」
すぐ隣に座った里沙が、無言で見つめ返してくる。
その視線に戸惑いをおぼえたころ、机の下で足を蹴られた。
しかも、両足で。
「しーちゃんずるい。なんで、里沙にだけ!」
「おまえには何度も言ってある。それに、見て描いてるぶんには、そうおかしなことにはならない。そのかわり、目の前にあるものか、ひとが描いてるものしか描けないだろ?」
ぐっ、と千夜がことばに詰まる。
「まあ、俺の説明がわかりにくいのかもしれない。パースについて解説してるマンガ技法の本もあるだろうから、探してみろ。ともかく、真名が理解してくれてよかった。これから、背景描きといっしょにくわしくおしえるから」
「ありがとうございますっ」
真名が、ぱっと紫苑に向かって笑顔を咲かせてみせた。
両頬にできたえくぼがかわいらしくて、紫苑はおもわず、その表情を脳内に描き留める。




