現実逃避
「おまえ、ほんとに気づいてねーの?」
「……何を?」
「そうか。それを、スランプって言うのかもなー。変わってるのが見えない場所だから、自分じゃ気づけないってわけか」
怪訝そうに秋美が首をかしげた。
「シュートを外すようになったのって、そのハットトリックの後だよな?」
こくん、と秋美はうなずいただけで、まだふしぎそうな顔をしている。
「気づけよ。それが原因だって」
「原因? なんで? 他のやつが点を取ってようと俺、べつにパス出したりしないし」
「今そいつ、高三か? 来年はプロになって、おまえとガチでポジション争うんだろうな」
「俺、それ以前に、来年までいるわけ?」
相手が千夜たちならぜったいにやらないが、紫苑はあきれ果てておもわず頭をグーで小突いた。
「アホなのか、おまえ。おまえは自分より若い選手が新しいエースになったら、もう自分は必要とされなくなるとかおもってるんだろ? それで、チームに要らないってクビ切られるのがこわいんだ。その日がいつ来るかビクビクしてるのが嫌だから、自分からやめてしまえば不安から逃れられる──そうおもってるんじゃねーのか?」
紫苑に殴られた頭をさすりながら、秋美がまばたく。
「どこに行く気だったか知らねーけど、やめて海外に行こうって発想が、完全に現実逃避だろ。ちがうか?」
「うーん。……なんか、空飛んで、海のきれいなところに行きたいなーっておもっただけだけど」
「行って、何する気だったんだ?」
「さあ。とりあえず、スマホ持ってりゃ、どこでもマンガは読めるなーと……」
アホか!と紫苑は心のなかで叫んだ。
里沙は正しい、としみじみおもう。
「じゃあ訊くけど、サッカーやめて何するんだおまえ? マンガ家の養成学校にまじめに通うか? で、マンガ家になる? ────本気でそうおもってるなら、海外に遊びになんて行かないよな?」
みるみる秋美の顔が強張った。
内心、とても平静ではないのだろうが、怒りやもやもやをぶつけるような真似はしないところが、彼のできたところだと紫苑はおもう。
だからこそ、イケメンだしそうつき合いも良くはないはずなのに、チームスポーツでもうまくやってこれたにちがいない。
「サッカーはつなぎって言ってても、こんなに早くやめなきゃならなくなるとはおもってなかっただろ? 今、マンガ一本になっても、プロデビューどころかアシスタントで生計立てることさえできないってわかってんだよな?」
蒼白な顔で、秋美はうなずいた。
そのまま、うつむいてしまう。
紫苑は、大きなエンジン音が去る間、秋美の背に腕を回していた。
「おまえ、自分で言ってて忘れてんだろうけどな。昔、俺に言ったことあるぞ。シュートは、無心で打たなきゃ入らないって」
はっ、と弾かれたように秋美が顔を上げる。




