無心
「──……無心で?」
「おぼえてないか? 俺は──」
言いかけて、紫苑はおもわずわらってしまった。
記憶の秋美と今の秋美とが、あまりにもちがっていたからだ。
「何?」
「あー、いや。──俺は、シュートを決めないとなんていちどもおもったことないけどなー、ってわらってただろ、おまえ」
「………………そーいや、言ったかも」
すっ、と秋美が目を細めた。
笑みと軽さを無くすと、とたんに秋美の容貌は迫力を帯びる。
世の女性は、こいつのこういう顔にやられるにちがいない、と紫苑はおもった。
「おもいだしたか?」
「う……ん。そう。決めなきゃとか、外したらどうしようってプレッシャーが、いっしゅんのタイミングを狂わす雑念になるんだ──」
紫苑はうなずいた。
そこまでおもいだせたなら、今、自分にある雑念の存在に気づけないはずがない。
「もういちど言うぞ」
秋美が、紫苑の方を向く。
「ハットトリックは、まぐれなんじゃねーのか?」
と、こんどは一拍おいて、プッと秋美が噴き出した。
それも、紫苑には意外な反応だ。
「なんで笑う?」
「いやあ。俺の親友とはいえ、ひでーこと言ってくれちゃってんな、とおもって」
紫苑は頭を掻いた。
たしかに、高校生フォワードには失礼なはなしではある。
けれど、そうやって苦笑を浮かべる男が紫苑は好きなのだから、仕方ない。
「初出場のハットトリックは、たまにやるやついるよ。大抵は大物になってる気がするけど。でもま、たしかに、ずーっと点を取りつづけるってことはないし。取れるようなら、すーぐ1部のチームに引き抜かれるだろうな。うち、金ねーし、昇格する見込みもねーから」
笑ったせいで肩の力が抜けたのか、いつもの飄々とした軽さが戻ってきた。
ふと、紫苑はあることに気づいて、秋美を見つめる。
「ん? 何、そんな、じっと見て」
「いやおまえ、杏にどっか似てるなとおもって。てか、俺が杏と話しやすいのって、おまえと似てるからか」
「お? 知らない女の子の名前だ。奥手な紫苑にもついに彼女ができたか?」
俺は奥手だったのか、と紫苑はおどろいた。
しかし、秋美が平均的だともおもえない。
「ち、が、う。例の従妹の仲間のひとりだ。そーいやおまえら、ふたりして寄りによって似たような時期に──」
とちゅうでことばを切って、紫苑はすっくと立ち上がった。
おどろいた顔で自分を見上げてきた秋美の肩をつかみ、揺さぶる。
「おい、ケータイ貸してくれ。忘れてた」
「ん? デートの約束?」
「そんないいはなしじゃねーよ。つーか、今何時だ」
「もうちょっとで一時だな。ほい」
と、デジタル時計が表示されたスマホを渡される。
が、紫苑には何をどうやったら電話がかかるのかさっぱりわからない。
「あのさ。里ぃ……じゃない。さっき俺が電話してきたときの番号に、かけられるか?」
「うん、可能、可能」
ひょいひょいと指先をいくどか動かしただけで、秋美が紫苑の耳に向かってスマホを押しつけてくる。
紫苑は自分では電話を当てることのない右耳に意識を傾けた。
しばらく待つと、もしもし、とやや緊張した声が返ってくる。




