展望デッキにて
マンションを出てから空港までどのくらいかかったのか、携帯電話の電源を入れることができない紫苑は時計を持っていない状態なので、定かではない。
ただ、きっと二時間近くはかかってしまったはずだ。
それでも、紫苑が言われたとおり、第一ターミナル五階の展望デッキに行ってみると、秋美のすがたはちゃんとあった。
ベンチにも座らず、フェンスに張りついて子どものように離陸していく飛行機を見ている。
「秋美。悪い、待たせた」
振り返った秋美は紫苑の顔を見るなり、大股で近寄ってきて、がばりと抱きついた。
「…………おーい」
「マジで来た……! もう、大好きだ、紫苑」
「はあ。おなじセリフでも、男に言われたってぜんぜんうれしくねーな。ガキんちょでも、従妹に抱きつかれた方がまだうれしい」
「つれねーなー。本気で感動してんのにさ」
笑った顔は、やはりいつもに比べるとだいぶぎこちない。
紫苑は、離れた秋美を上から下まで見回した。
「おまえ、荷物は? 高飛びする気だったんだろ?」
「え? サイフとパスポートがあれば行けるんじゃねーの? 紙とえんぴつくらい持ってくりゃよかったなーとはおもったけど」
おまえほんとはここに何しに来たんだ、と突っ込みたくなる。
単に、飛行機が見たかっただけなのかもしれない。
それならそれでもいいのだが。
「今日、練習あったんだろ?」
「うん、もう終わってる。無断欠席──」
紫苑は後ろ髪を掻いた。
「明日は試合じゃねーのか」
「あるけど、どうせ出れねーもん」
紫苑は、いちばん近くのベンチに行って腰を下ろした。
横に、秋美も座る。
飛行機のエンジン音がうるさいが、会話ができないほどではない。
「サッカーやめるって言ってたな。なんで?」
「なんで今までやってたか、知ってる?」
「………………才能があるから?」
秋美は妙な顔をした。
好きだから、ではないのだろうとはおもったが、紫苑にはそれ以外の理由が浮かばない。
ふつうならモテたい、などという理由もあるかもしれないが、秋美の容姿にプロサッカー選手などというトッピングはさして必要ない気もする。
「才能があるかは知らねーけど、点を取るから必要とされてたんだよなー。小学生のころから、ずっと。指導者にやめるなって言われてきたし、いたら試合に出してもらえた」
「試合に出られないからやめるのか?」
秋美はこぼすようにわらった。
女性なら半分くらいはきゅん、とくる微笑だったかもしれないが、生憎と紫苑しか見ていない。
「単純に、シュートが入らねーんだよ。枠に行かないって、こーいうことなのかーって……フォワードやって十年以上だけど、初めて他のやつらの言う感覚を味わった」
べつに紫苑は何ともおもわないが、おなじサッカー選手に言おうものなら、悩みではなく自慢と取られかねない内容だ。
「はあ……ってことは、それがふつうなんじゃねーのか?」
「かもなー。でも、それなら好きなやつがやってればいいだろ? 必要とされなくたって、やりたいからしがみついてでもやるんだってやつ。俺はそういうんじゃねーし。シュートを決められない俺なんてべつにチームに必要ねーからさ。他で貢献できるほど、スタミナもテクニックも持ち合わせてねーもん」
そんなことはない、などと言えるほど紫苑はサッカー選手である親友についてはよく知らない。
なので、すなおに疑問を口にする。
「おまえのシュートって、そこまで百発百中だったのか?」
「おお、どっかのスナイパーみたいでかっこいいな。百発百中って……まあ枠に行くって意味でなら、そう。シュートは、いいキーパーがいたら弾かれることもあるし、コースに入ってくるディフェンダーもいる。たまに、なんでこんなすげーやつが2部リーグにいるんだよっ、っておもうこともあるよ」




