親友
「つーか、どうすんだよ……?」
「行っていいよ」
「そうだよ、行きなよ。友だちとの約束やぶるなんて、サイテー」
「そんなこと言うなら、杏との約束はやぶっていいってのか?」
ぐっ、と里沙は黙ったが、千夜は迷いもなくうなずいた。
「いいよ。だってしーちゃんの友だちは秋美くんでしょ。親友が……よくわかんないけど、困ってるときは、いちばんに助けてあげないと! しーちゃんのこと頼って、あんなに電話してきてたんだよ。そうでしょ?」
「…………けど、」
「杏ちゃんには私たちがいる。ていうか、これは私たちの問題なんだから、しーちゃんは気にしなくていーの。しーちゃんもいるって言ったのは私なんだし、しーちゃんが嘘ついたわけじゃないよ。杏ちゃんなら、嘘つきって言わずに、送り出してあげてえらいねって言ってくれるとおもう。……いつもなら、だけど」
最後はしぼんだ声になった千夜の頭を、紫苑は胸に抱き寄せた。
「そうだな。さんきゅー、チー」
「でも、でも、秋美くんとできちゃわないでね? 里沙はよろこぶかもしんないけど、しーちゃんはヘテロでいてよ? 襲われそうになっても拒否して。しーちゃんも男なんだから力あるでしょ?」
「……………………」
誰がそこまで体を張るんだ、と言いたかったが、バカバカしくて口にもできない。
紫苑は、無視を決め込むことにした。
里沙に向かって、スマホを差し出す。
「これ、さんきゅー里沙。──俺、ほんとに行っちまってもいいか?」
「だめ……って言って、あのひとがどっかに行ったら、私、責任とれないし。杏はあんたの親友ほどアホじゃないよ。だから、平気」
好意を寄せる少女にアホのひと言で片づけられたと知ったら、さぞ秋美はショックを受けるにちがいない。
しかし、紫苑も杏の理性の方がよほど信頼できる、悲しいことに。
「わかった。じゃあ、なんか、紙あるか? 杏に事情だけ書いて行く」
「あっ、このメモ、どうぞ。一応、松田選手の番号も、メモしてってください。いざとなったら公衆電話からでも掛けられるように」
「ああ、そうだな。さんきゅー真名」
アニメグッズの日めくりカレンダーとおぼしきブロックメモを、紫苑はペンともども受け取った。
杏に向けて、急きょ出かけなければならなくなった旨と謝罪を書いてから、秋美の携帯番号を書きとめたメモを破りとり、ポケットに入れる。
真名が持ってきてくれたサイフ入りのリュックを肩に掛けてから、紫苑はぶぅ、とふくれ面をしたままの千夜を呼んだ。
「ちょっと手ぇ出せ」
「なにくれんの?」
怪訝に差し出された右手の先を指で掴むと、紫苑はその手のひらに左手に持ったままだったペンですらすらと絵を描く。
主人公の願いを叶えてくれるどこぞの青い猫型ロボットの絵に、千夜の目が丸くなった。
「なにこれ?」
「なんとかして、って俺に言いたいようなときは、これ見ておもいだせ。今日のおまえは、頼る方じゃなく、頼られる方だ。ちゃんとみんなのはなしを聞いて、おまえがみんなを必要とするんだ。いいな?」
「うん──」
「忘れるなよ。おまえらの願いは、四人で描きつづけることだ。みんな、それだけはおなじなんだ。だから、バラバラになる理由なんか、どこにもない」
「わかった。────だいじょうぶ。行って」
ぎゅっ、と右手の絵をにぎり込んだ千夜にひとつうなずき返して、紫苑はくつを引っかけると玄関を飛び出した。
あとはもう、いつになく沈んだ声を出した親友のこと以外は、考えないでおく。
少女たちの、四人でいっしょにマンガを描きたいというおもいに比べたら、親友のサッカーをつづけたいというおもいなど、紫苑にはまったくもって信じることができなかった。




