成田空港
「ふーん、じゃあ借りていいか?」
紫苑は、里沙に歩み寄りスマホを受けとると、廊下に背をあずけた。
とはいえ、どこをどう押せばいいものやらよくわからないので、結局、里沙に発信までやってもらって耳に当てる。
が、いちどばかりか、何度かけても話し中にしかならない。
もしかしてまだ、電源が切れている状態の紫苑のケータイにしつこく電話をかけているのだろうか。
ようやく八度目にして、呼出音が返ってきた。
里沙は戸を閉めたが、その向こうに人影があるのはガラス越しに透けて見える。
「──もしもし、秋美?」
すぐに、紫苑、と耳慣れた声が返ってきた。
がっかりしているふうにも聞こえたが、秋美が里沙の携帯番号を知っていたのかどうかまではわからない。
紫苑はいちおう、里沙の携帯だとは言わずにおこう、と心に決める。
「悪い。ケータイがぶっ壊れて、出られなかった。どうした? 何か用だったんだろ?」
あえて、真名に聞いたはなしなど知らないふりで紫苑は問うた。
返ってくる声にいつものような気楽なようすはない。
周囲もなにやらガヤガヤとうるさく、何と言っているのかもよく聞き取れなかった。
「おい? 秋美、電話がとおい。シュートが何だって? おまえ今、どこにいるんだ?」
また、ぽつぽつと返事が返る。
他は聞こえなかったが、最後の単語だけは聞き取れた。
「はっ、ナリタ? 成田って言ったのか、今? それって成田空港のことか? チームの移動──はこんなに早くねーよな? …………は? 何だって? もっかい言え!」
『だから……サッカーやめて、高飛びする』
よりによって、そこだけがやたらクリアに聞こえる。
「た、たた……高飛びぃ──っっっ?」
おまえはサスペンスドラマの犯人か、といつもなら突っ込んでやったが、こんな沈んだ声でただのジョークを言うともおもえない。
「なに言ってんだ、おまえ? サッカーやめるって、なんだよ! 正気か?」
いや、正気なわけはないが、秋美なら実にあっさりそんな選択をしそうな気もする。
「つーか、早まるなよ! おい聞いてんのか、秋美!」
リビングの戸が開いて、千夜の心配そうな顔が覗いた。
その向こうに、真名と里沙の顔も見える。
いいから原稿やってろよ、と言いたかったが、紫苑的には全然そんな場合ではない。
むしろ、こんなとき親友になんと声を掛けるべきなのか、誰かおしえてくれないだろうかとさえおもう。
と、むんずと千夜の手が紫苑の腕をつかんだ。
「しーちゃん、すぐ行くって言いなよ」
「はッ? いや、行けねーだろ。もうすぐ杏がくるのに、まずそっちを何とか」
「いーからっっっ、行くって言うのッ!」
ばしん、と肩をぶたれる。
一拍、迷ったが紫苑は親友の名前を呼んだ。
「すぐ行くから、そこで待ってろ。飛行機乗るなよ? てか、今ケータイ壊れてんだ。どこにいるか言え。でないと、見つけらんねー」
意外なほどすなおに、秋美が現在地を言う。
紫苑は見えるはずもないのにうなずいた。
「わかった。ぜったいそこにいろよ? 電車だし、すぐには着かねーけど、ちゃんと行くから待ってろ。いいな?」
──とは、言ったものの。
電話を切った紫苑は、暗澹たるおもいで千夜を振り返った。




