7話 夢のお話
翌朝。
王都の宿の食堂には、朝早くから冒険者たちの声が響いていた。
「おはよう、夜叉」
先に席についていたレオンが、入口から入ってきた夜叉に気づいて手を上げる。
「おはよぉ……」
夜叉は眠そうに目を細めながら、三人のいる席へ歩いてきた。
「おっ、珍しく眠そうじゃん」
カイルが笑う。
「昨日遅くまで起きてたのか?」
「ううん。ちゃんと寝たよぉ」
夜叉は椅子に座り、机に頬杖をつく。
「……ただ、変な夢を見たの」
「夢?」
リゼットが顔を上げた。
「うん」
夜叉は少し考えるように、視線を窓の外へ向けた。
「雪の中にいる夢だったんだぁ」
「雪?」
「うん。すごく寒くてねぇ」
夜叉の指が、湯気の立つカップに触れる。
椅子から垂れた白い尻尾がゆらゆらと揺れる。
「私は……すごく小さかった」
「小さい?」
カイルが首を傾げる。
「うん。たぶん、赤ちゃんくらい」
三人が顔を見合わせた。
夜叉は自分でも不思議そうだった。
「でも、変なんだよぉ」
「何が?」
レオンが静かに尋ねる。
「普通は、赤ちゃんの頃のことなんて覚えてないよねぇ」
「ああ……」
「だから、なんであんな夢を見たのかなぁって」
夜叉は困ったように笑った。
リゼットが少しだけ考える。
「夢は記憶そのものとは限らないわ。昔聞いた話や、想像したことが混ざる場合もあるし」
「そうだよねぇ」
「どんな夢だったの?」
夜叉はしばらく黙っていた。
話すべきかどうか迷っているようだった。
「……雪の中に、私が一人でいたの」
声が少し小さくなる。
「すごく寒くて……怖くて……」
夜叉の青い瞳が、少しだけ伏せられた。
「周りに誰もいなくてねぇ」
レオンは何も言わず、夜叉の話を聞いている。
「それで……しばらくしたら、誰かが来たの」
「誰か?」
「うん」
夜叉は頷く。
「女の人だった」
「……」
「顔は、よく見えなかったんだけど」
夜叉は胸元に手を置いた。
「その人が、私を抱き上げてくれたの」
ほんの少し。
夜叉の表情が柔らかくなる。
「すごく……温かかった」
「……」
三人とも、何も言わなかった。
「『もう大丈夫。』って……そう言ってくれたの」
夜叉は小さく笑った。
「不思議だよねぇ」
「……お母様、じゃないか?」
レオンがぽつりと言った。
夜叉の耳が、ぴくりと動いた。
「……そうかもしれないねぇ」
その声は、どこか確信に近かった。
「私が赤ちゃんだった頃のことなんて、本当は覚えてないんだけど……」
夜叉はカップを両手で包む。
「でも、お母さんに拾われたって話は聞いてるから」
「……」
「もしかしたら、あの夢はその時のことなのかなぁって」
カイルが、いつもの軽い調子を少しだけ抑えて口を開く。
「夜叉のお母さんって……昔、夜叉を拾ったのか?」
「うん」
「雪の中で?」
「そこまでは聞いてないんだけどねぇ」
夜叉は首を傾げる。
「私が赤ちゃんの頃に拾って、それから育ててくれたんだって」
リゼットが静かに尋ねる。
「ご両親のことは?」
その質問に。
夜叉は少しだけ黙った。
「……知らないの」
いつもの穏やかな声だった。
「私が小さい頃に亡くなったってことだけは聞いてる」
「そうだったのか……」
レオンが目を伏せる。
「詳しいことは、私も知らないんだぁ」
夜叉は無理に笑おうとはしなかった。
「だから、私にとってはお母さんが本当のお母さんみたいなものなんだよぉ」
カイルが頬杖をつく。
「……そっか」
「うん」
「じゃあ、今度帰ってきたら大事にしないとな」
「ふふ」
夜叉が笑う。
「うん。いっぱい甘えちゃうかなぁ」
「夜叉が甘えるの?」
「甘えるよぉ」
「想像つかないな……」
「失礼だなぁ」
夜叉が頬を膨らませる。
「私だって、お母さんには甘えるんだからぁ」
「はははっ!」
カイルが笑った。
レオンも思わず笑う。
リゼットも小さく微笑んでいた。
少しだけ、空気が軽くなった。
けれど。
夜叉はふと、窓の外を見た。
白い雪。
夢の中で見た景色とは違う。
ここは王都だ。
雪なんて降っていない。
それなのに。
雪の寒さを感じた。
怖い。
寂しい。
生きたい。
けど。
胸の奥には、あの夢の温もりが残っている。
「……お母さん」
小さく呟く。
遠い場所にいる、大切な人。
いつ帰ってくるのかは分からない。
けれど。
「帰ってきたら、夢の話してみようかなぁ」
「きっと喜ぶんじゃない?」
リゼットが言った。
「そうかなぁ?」
「ええ」
「じゃあ、そうする」
夜叉は微笑んだ。
その顔を見て、レオンは思った。
想いを伝えて。
すでに振られている。
けれど。
――いつか。
この人が大切にしている家族にも、会ってみたい。
けれど、それは口には出さなかった。
今はまだ。
自分たちはただの冒険者仲間なのだから。
「さて!」
カイルが勢いよく立ち上がった。
「今日は何の依頼にする?」
「朝から元気ね……」
「昨日休んだからな!」
「夜叉は?」
レオンが尋ねる。
夜叉は少し考えて。
「んー……」
尻尾をゆっくり揺らす。
「今日は、あんまり危なくないやつがいいかなぁ」
「珍しいな」
「昨日の夢で疲れたからぁ」
「夢で?」
「夢でぇ」
「じゃあ今日は俺が頑張るか!」
「お、カイルが珍しく頼もしいこと言ってる」
「珍しくは余計だ!」
四人の笑い声が、朝の食堂に響いた。
夜叉は笑いながら、胸の奥に残る夢の温もりをそっと思い出していた。
――自分が覚えていない、ずっと昔のこと。
けれど。
あの日、自分を抱き上げてくれた温もりだけは。
今も、ちゃんと自分の中に残っている気がした。
読んでくれてありがとうございます♪
一章まではどんどん行きたいと思ってます




