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白織夜叉の冒険譚  作者: 蹴 鞠
第1章
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6話 夢

夜叉の母の話。


親子の話。


それから更に数日が経ち。


四人は、一緒にいるのが当たり前になった。


◇


その日の依頼は、いつもより少しだけ帰りが遅くなった。


「いやぁ……今日の魔物、思ったよりしぶとかったな」


王都へ戻る街道を歩きながら、カイルが大きく伸びをした。


「お前が最初に突っ込んだからだろ」


レオンが呆れたように言う。


「でもレオンも一緒に突っ込んでたじゃん」


「お前に合わせただけだ!」


「はいはい。二人とも元気ね」


後ろからリゼットが笑う。


そのさらに後ろ。


夜叉はのんびりと歩いていた。


「ふふ……今日はいっぱい動いたねぇ」


白い尻尾が、疲れたようにゆらゆら揺れている。


「夜叉は疲れてないのか?」


レオンが振り返る。


「んー? ちょっとだけかなぁ」


「ちょっとだけ……?」


カイルが振り返った。


「俺たちはへとへとなのに?」


「だって、みんなが前で頑張ってくれたからぁ」


夜叉は笑った。


「私は後ろから撃ってただけだよぉ」


「……それを普通みたいに言うなよ」


レオンが苦笑する。


今日も、四人で戦った。


レオンが敵を引きつけ。


カイルがその隙を作り。


リゼットが魔法で戦場を制御し。


最後に夜叉が、離れた場所から矢を放った。


四人でなければ成立しない戦いだった。


そんな実感が、最近は少しずつ増えていた。


夕食の席でも、その話は続いた。


「そういえば夜叉」


「んー?」


「前に言ってたよな。お母さん、今は遠征中なんだっけ?」


カイルの何気ない質問に、夜叉は料理を口に運びながら頷いた。


「うん。新しい土地を探してるんだぁ。お城の人たちと行ってるみたい」


「…すごい人なんだな」


レオンが言う。


「うん。お母さんは昔から冒険者してるらしいから」


夜叉は嬉しそうに笑った。


けれど。


ほんの少しだけ、その笑顔が寂しそうに見えた。


「……会いたい?」


リゼットが静かに尋ねた。


夜叉は少し考えてから、頷いた。


「うん。でも、帰ってくるまで待ってるよぉ」


「そっか」


「お母さん、昔からいろんなところに行ってたらしいからねぇ」


そう言って、夜叉は笑った。


それ以上は話さなかった。


四人も、それ以上は聞かなかった。


 ◇


 その夜。


夜叉は宿の部屋で、一人眠っていた。


窓の外では、静かに風が吹いている。


月明かりが床に落ちていた。


やがて。


夜叉の意識は、深いところへ沈んでいった。


 ――寒い。


最初に感じたのは、それだった。


冷たい。


身体が凍りそうなくらい寒い。


雪。


白い雪が、どこまでも降っている。


何かが聞こえる。


遠くから。


誰かの声。


でも、何を言っているのか分からない。


視界はぼやけている。


高いところから見ているような、不思議な景色だった。


白い雪。


赤い色。


倒れている人影。


何か大きなものが動いている。


怖い。


それだけは、はっきりと分かった。


小さな身体が震えている。


声を出している。


泣いている。


けれど、その声はひどく小さい。


周囲には誰もいない。


助けを呼ぶ人もいない。


ただ、雪だけが降っている。


そして。


もう一度、大きな音がした。


何かが遠ざかっていく。


残されたのは、小さな命だけだった。


 ――どうして。


夢の中の夜叉は、そう思った。


けれど、赤ん坊には言葉なんてない。


ただ泣くことしかできない。


寒い。


怖い。


寂しい。


それでも。


小さな身体は生きていた。


誰にも見つからないまま。


雪に埋もれながら。


それでも、生きていた。


どれほど時間が経ったのか分からない。


すると。


遠くから、足音が聞こえた。


雪を踏む音。


ゆっくり。


近づいてくる。


足音が止まった。


「……?」


誰かがいる。


ぼんやりとした視界の向こう。


白い雪の中に、人影が立っている。


「……あら…こんなところに」


女性の声だった。


優しい声。


けれど、驚いている。


その人影が近づいてくる。


小さな身体の前で、しゃがみ込む。


「あなた……」


冷たい指先が、そっと触れた。


そして。


「……まだ、生きてる」


その声を聞いた瞬間。


赤ん坊は、また泣いた。


女性は少しだけ目を見開いた。


そして、ゆっくりと腕を伸ばした。


「よく頑張ったねぇ」


抱き上げられる。


冷たかった身体が、誰かの温もりに包まれる。


「もう大丈夫だからねぇ」


その言葉の意味なんて、赤ん坊には分からない。


けれど。


温かかった。


とても温かかった。


さっきまで怖くて仕方がなかった世界に。


初めて、自分を抱いてくれる人がいた。


「……寒かったね、もう大丈夫だよぉ」


女性は小さな身体を胸元へ抱き寄せる。


「もう…ひとりじゃないからねぇ」


雪は静かに降り続けている。


女性は赤ん坊を抱いたまま、歩き始めた。


ザッ


一歩。


ザッ


また一歩。


雪の上に、足跡が残っていく。


赤ん坊の小さな手が動いた。


何かを探すように。


そして。


女性の服を、ほんの少しだけ掴んだ。


「……ふふ」


女性は小さく笑った。


「大丈夫」


その声だけが。


不思議なくらい、はっきり聞こえた。


 ――そして、夢は途切れた。


夜叉は、目を開いた。


「……ん……」


暗い宿の天井。


聞こえるのは、夜の静かな音だけ。


「……夢……?」


夜叉はゆっくりと身体を起こした。


白い髪が肩から滑り落ちる。


胸元に手を当てる。


なぜだろう。


胸が、少しだけ苦しかった。


「……変な夢だったなぁ」


覚えているはずがない。


自分が赤ん坊だった頃のことなんて。


夜叉は、何も覚えていない。


両親の顔も。


声も。


何が起きたのかも。


それなのに。


「……お母さん……」


ぽつりと名前がこぼれた。


 白織鞠凪。


今は遠い場所にいる、自分を育ててくれた人。


「……会いたいなぁ」


夜叉は小さく呟いた。


そして、再び布団へ潜り込む。


目を閉じる。


もう夢は見なかった。


けれど。


胸の奥には、妙な温かさが残っていた。


まるでずっと昔。


雪の中で誰かに抱き上げられた時に感じた温もりが。


まだ身体のどこかに残っているように。


夜叉は静かに眠りについた。


読んでくれてありがとうございます!


母親のフルネーム初出しです。

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