6話 夢
夜叉の母の話。
親子の話。
それから更に数日が経ち。
四人は、一緒にいるのが当たり前になった。
◇
その日の依頼は、いつもより少しだけ帰りが遅くなった。
「いやぁ……今日の魔物、思ったよりしぶとかったな」
王都へ戻る街道を歩きながら、カイルが大きく伸びをした。
「お前が最初に突っ込んだからだろ」
レオンが呆れたように言う。
「でもレオンも一緒に突っ込んでたじゃん」
「お前に合わせただけだ!」
「はいはい。二人とも元気ね」
後ろからリゼットが笑う。
そのさらに後ろ。
夜叉はのんびりと歩いていた。
「ふふ……今日はいっぱい動いたねぇ」
白い尻尾が、疲れたようにゆらゆら揺れている。
「夜叉は疲れてないのか?」
レオンが振り返る。
「んー? ちょっとだけかなぁ」
「ちょっとだけ……?」
カイルが振り返った。
「俺たちはへとへとなのに?」
「だって、みんなが前で頑張ってくれたからぁ」
夜叉は笑った。
「私は後ろから撃ってただけだよぉ」
「……それを普通みたいに言うなよ」
レオンが苦笑する。
今日も、四人で戦った。
レオンが敵を引きつけ。
カイルがその隙を作り。
リゼットが魔法で戦場を制御し。
最後に夜叉が、離れた場所から矢を放った。
四人でなければ成立しない戦いだった。
そんな実感が、最近は少しずつ増えていた。
夕食の席でも、その話は続いた。
「そういえば夜叉」
「んー?」
「前に言ってたよな。お母さん、今は遠征中なんだっけ?」
カイルの何気ない質問に、夜叉は料理を口に運びながら頷いた。
「うん。新しい土地を探してるんだぁ。お城の人たちと行ってるみたい」
「…すごい人なんだな」
レオンが言う。
「うん。お母さんは昔から冒険者してるらしいから」
夜叉は嬉しそうに笑った。
けれど。
ほんの少しだけ、その笑顔が寂しそうに見えた。
「……会いたい?」
リゼットが静かに尋ねた。
夜叉は少し考えてから、頷いた。
「うん。でも、帰ってくるまで待ってるよぉ」
「そっか」
「お母さん、昔からいろんなところに行ってたらしいからねぇ」
そう言って、夜叉は笑った。
それ以上は話さなかった。
四人も、それ以上は聞かなかった。
◇
その夜。
夜叉は宿の部屋で、一人眠っていた。
窓の外では、静かに風が吹いている。
月明かりが床に落ちていた。
やがて。
夜叉の意識は、深いところへ沈んでいった。
――寒い。
最初に感じたのは、それだった。
冷たい。
身体が凍りそうなくらい寒い。
雪。
白い雪が、どこまでも降っている。
何かが聞こえる。
遠くから。
誰かの声。
でも、何を言っているのか分からない。
視界はぼやけている。
高いところから見ているような、不思議な景色だった。
白い雪。
赤い色。
倒れている人影。
何か大きなものが動いている。
怖い。
それだけは、はっきりと分かった。
小さな身体が震えている。
声を出している。
泣いている。
けれど、その声はひどく小さい。
周囲には誰もいない。
助けを呼ぶ人もいない。
ただ、雪だけが降っている。
そして。
もう一度、大きな音がした。
何かが遠ざかっていく。
残されたのは、小さな命だけだった。
――どうして。
夢の中の夜叉は、そう思った。
けれど、赤ん坊には言葉なんてない。
ただ泣くことしかできない。
寒い。
怖い。
寂しい。
それでも。
小さな身体は生きていた。
誰にも見つからないまま。
雪に埋もれながら。
それでも、生きていた。
どれほど時間が経ったのか分からない。
すると。
遠くから、足音が聞こえた。
雪を踏む音。
ゆっくり。
近づいてくる。
足音が止まった。
「……?」
誰かがいる。
ぼんやりとした視界の向こう。
白い雪の中に、人影が立っている。
「……あら…こんなところに」
女性の声だった。
優しい声。
けれど、驚いている。
その人影が近づいてくる。
小さな身体の前で、しゃがみ込む。
「あなた……」
冷たい指先が、そっと触れた。
そして。
「……まだ、生きてる」
その声を聞いた瞬間。
赤ん坊は、また泣いた。
女性は少しだけ目を見開いた。
そして、ゆっくりと腕を伸ばした。
「よく頑張ったねぇ」
抱き上げられる。
冷たかった身体が、誰かの温もりに包まれる。
「もう大丈夫だからねぇ」
その言葉の意味なんて、赤ん坊には分からない。
けれど。
温かかった。
とても温かかった。
さっきまで怖くて仕方がなかった世界に。
初めて、自分を抱いてくれる人がいた。
「……寒かったね、もう大丈夫だよぉ」
女性は小さな身体を胸元へ抱き寄せる。
「もう…ひとりじゃないからねぇ」
雪は静かに降り続けている。
女性は赤ん坊を抱いたまま、歩き始めた。
ザッ
一歩。
ザッ
また一歩。
雪の上に、足跡が残っていく。
赤ん坊の小さな手が動いた。
何かを探すように。
そして。
女性の服を、ほんの少しだけ掴んだ。
「……ふふ」
女性は小さく笑った。
「大丈夫」
その声だけが。
不思議なくらい、はっきり聞こえた。
――そして、夢は途切れた。
夜叉は、目を開いた。
「……ん……」
暗い宿の天井。
聞こえるのは、夜の静かな音だけ。
「……夢……?」
夜叉はゆっくりと身体を起こした。
白い髪が肩から滑り落ちる。
胸元に手を当てる。
なぜだろう。
胸が、少しだけ苦しかった。
「……変な夢だったなぁ」
覚えているはずがない。
自分が赤ん坊だった頃のことなんて。
夜叉は、何も覚えていない。
両親の顔も。
声も。
何が起きたのかも。
それなのに。
「……お母さん……」
ぽつりと名前がこぼれた。
白織鞠凪。
今は遠い場所にいる、自分を育ててくれた人。
「……会いたいなぁ」
夜叉は小さく呟いた。
そして、再び布団へ潜り込む。
目を閉じる。
もう夢は見なかった。
けれど。
胸の奥には、妙な温かさが残っていた。
まるでずっと昔。
雪の中で誰かに抱き上げられた時に感じた温もりが。
まだ身体のどこかに残っているように。
夜叉は静かに眠りについた。
読んでくれてありがとうございます!
母親のフルネーム初出しです。




