28話 帰還。そして再会。
王都が見えてきた。
遠くにそびえる城壁。
その向こうから聞こえてくる、人々の声。
街を走る馬車の音。
二日間の旅を終えた四人は、ようやく見慣れた王都へ戻ってきた。
「……帰ってきたねぇ」
夜叉が馬車の窓から外を眺めながら呟く。
白い髪が、窓から入り込む風に揺れていた。
「やっとだな」
レオンが深く息を吐く。
「いやぁ……長かった」
カイルは座席にもたれながら、凝り固まった肩を回した。
「身体中痛ぇ……」
「あなた、途中からずっと寝てたでしょう」
リゼットが呆れたように言う。
「寝るのも体力使うんだぞ」
「初めて聞いたわ」
「そうなの?」
夜叉がくすくす笑う。
「でも、みんな生きて帰れてよかったねぇ」
「……ああ」
レオンが頷く。
誰も、それ以上は言わなかった。
あの森での戦い。
あの青年型の魔人。
そして。
森の奥へ逃げていった、その後のこと。
四人は知らない。
ただ。
あれほど強かった存在が、自分たちとの戦いの途中で逃げた。
それだけだった。
───
冒険者ギルド。
扉を開ける。
「おかえりなさい!」
受付嬢の声が飛んできた。
「白猫の足跡の皆さん!」
「ただいまぁ」
夜叉が手を振る。
「無事だったんですね!」
「まあ、なんとか」
カイルが笑う。
「かなり派手にやられましたけど」
受付嬢は四人の姿を見て、目を丸くした。
包帯。
傷。
汚れた装備。
「……派手どころじゃない気がします」
「そう?」
夜叉が首を傾げる。
「そうですよ!」
受付嬢は慌てて奥へ案内した。
そして。
今回の依頼についての報告が始まった。
「森で確認された異常個体についてですが――」
レオンが淡々と説明していく。
「依頼対象は確認。戦闘になりました」
「討伐は?」
四人が顔を見合わせる。
「……逃げられました」
レオンが答えた。
受付嬢が驚く。
「逃げた?」
「はい」
リゼットが続ける。
「かなりの強敵でした。魔力を大量に消費したようで、最後には再生能力も止まりました」
「それで?」
「その隙に撤退しました」
受付嬢は記録を取りながら頷く。
「……分かりました」
今回の依頼は。
ひとまず達成。
完全な討伐ではない。
それでも、現地の脅威を大きく後退させたことは確かだった。
「皆さん、本当にお疲れ様でした」
受付嬢が頭を下げる。
「ありがとうございます」
レオンが答える。
四人が席を立った。
そのとき。
「夜叉」
後ろから声がした。
振り向く。
黒い髪。
黒い着物。
目を閉じた女性。
鞠凪が立っていた。
「お母さん」
夜叉の顔が、ぱっと明るくなる。
「おかえり」
「ただいまぁ」
夜叉が近づいていく。
鞠凪は夜叉の姿を見る。
包帯。
傷。
少し汚れた服。
「……ずいぶん怪我したねぇ」
「うん〜。ちょっとだけ大変だったよぉ」
「そう」
鞠凪は夜叉の頭をそっと撫でた。
「痛かったでしょう」
「もう平気だよぉ」
「なら、よかった」
短い言葉。
けれど。
その声には、ちゃんと娘を心配する母親の優しさがあった。
鞠凪はレオンたちにも目を向ける。
「あなたたちも、大変だったねぇ」
「はい」
レオンが頷く。
「かなり苦戦しました」
「そう」
鞠凪は少し考えるように黙った。
そして。
「それでも、四人で帰ってこられたなら十分だよ」
「……ありがとうございます」
「ううん。無事なのが一番だからねぇ」
夜叉が嬉しそうに笑う。
「やっぱりお母さんだねぇ」
「何それぇ」
鞠凪が少しだけ笑った。
「だって、心配してくれるからぁ」
「そりゃあ、娘が怪我して帰ってきたら心配するよ」
「えへへ」
夜叉は照れたように笑った。
鞠凪はそんな夜叉を見て。
「今日はもう休みなさい」
「うん〜」
「無理して動いちゃだめだよ」
「分かってるよぉ」
「本当に?」
「……たぶん」
「ふふ」
鞠凪が小さく笑う。
「じゃあ、今日はちゃんと休ませてもらおうかなぁ」
「それがいいよ」
「お母さんも、お仕事頑張ってねぇ」
「ありがとう」
「ちゃんと休憩もしてね?」
「夜叉に言われたくないなぁ」
「えぇ〜」
四人の間に、小さな笑いが起きた。
張り詰めていたものが。
少しだけ解けていく。
日常が戻ってきた。
そんな気がした。
───
それから数日。
四人は休養を取った。
傷を治し。
装備を整え。
食事をして。
眠る。
そして。
いつもの日常へ戻っていった。
依頼。
食事。
買い物。
訓練。
くだらない会話。
何も変わらない。
そう思っていた。
───
ある日の昼。
「ねぇ、リゼット」
「なに?」
「今日はどこ行く?」
夜叉とリゼットは王都の大通りを歩いていた。
依頼はない。
完全な休日だった。
「私は新しい魔導書を見たいかな」
「じゃあ本屋さん?」
「ええ」
「そのあと甘いもの食べようよぉ」
「また?」
「だって美味しいんだもん」
「はいはい」
二人は笑いながら歩いていく。
露店。
商店。
子供たちの笑い声。
馬車。
冒険者。
いつもの王都。
「平和だねぇ」
夜叉が言った。
「そうね」
リゼットも頷く。
その瞬間。
「――夜叉」
背後から。
声がした。
夜叉の足が止まる。
「……?」
リゼットも振り返る。
人混みの中。
二人の少女が立っていた。
黒い服。
黒い髪。
見覚えのある顔。
夜叉の青い瞳が大きくなる。
「……」
リゼットの手が、わずかに動く。
杖へ。
「……あの子たち」
「うん」
夜叉も小さく答えた。
以前、森で出会った。
バグの少女たち。
双子。
その二人が。
王都の真ん中にいる。
妹の少女が。
ぱっと笑った。
「夜叉!」
そして。
小走りで近づいてくる。
「会いに来たよ!」
夜叉は動かない。
警戒している。
けれど。
少女は楽しそうに笑っているだけだった。
その後ろから、姉がゆっくり歩いてくる。
「こんにちは」
落ち着いた声。
「……初めましてですね」
夜叉は二人を見る。
「どうしてここに……?」
リリィが答える。
「会いたかったから!」
「……」
「夜叉に会いたかったの」
そして。
「お友達にも!」
リゼットが眉を寄せる。
「……私たちを覚えているの?」
「うん!」
リリィは笑う。
「レオン!」
指を一本。
「カイル!」
二本。
「リゼット!」
三本。
「みんな!」
その名前を聞いて。
リゼットの表情が少し変わった。
「……よく覚えてるわね」
「楽しかったから!」
リリィは即答した。
「また遊びたい!」
夜叉は何も言わない。
ただ。
目の前の二人を見つめる。
すると。
姉が静かに口を開いた。
「妹が、どうしても会いたいと言うので」
「お姉ちゃんもでしょ?」
リリィが言う。
「……ええ」
姉は微笑んだ。
「私も会いたかったです」
夜叉は少しだけ驚いた。
「……私たちに?」
「はい」
姉は頷く。
「前に会ったとき」
少しだけ視線を落とす。
「皆さん、傷ついていたから」
「……」
「元気になったか、気になっていました」
夜叉は目を瞬く。
「もう大丈夫だよぉ」
「そう」
姉は安心したように笑った。
「よかった」
その横で。
リリィが夜叉の腕を見ている。
「もう痛くない?」
「うん〜」
「じゃあ」
リリィが笑った。
「今日は遊べる?」
夜叉が固まる。
リゼットも固まる。
「……遊ぶ?」
「うん!」
リリィは嬉しそうに頷いた。
「一緒に行こうよ!」
王都の雑踏。
その真ん中。
本来なら、決して交わらないはずの者たちが。
向かい合っている。
夜叉はリゼットを見る。
リゼットは少し考えた。
そして。
「……今のところ、何もしてないわね」
「うん」
「なら、少しだけなら」
夜叉が答えた。
「ほんと!?」
リリィが嬉しそうに笑う。
「やったぁ!」
姉も、静かに微笑んだ。
「ありがとうございます」
四人は歩き始めた。
王都の街を。
まるで。
普通の友達同士のように。
その光景を。
誰も不思議には思わない。
ただ。
夜叉の胸の奥には、一つだけ残っていた。
――あの青年型の魔人は。
あの森から逃げたあと。
どうなったのだろう。
その答えを。
今ここにいる姉妹は知っている。
けれど。
誰も。
まだ口にはしなかった。




