27話 双子の少女
森の奥。
木々の隙間から差し込む月明かりが、地面に細長い影を落としていた。
その場所に、二人の少女がいた。
一人は黒いドレス。
もう一人も、黒い服。
よく似た顔。
よく似た髪。
けれど、表情は少しだけ違っていた。
姉の少女は、静かに森の奥を見つめている。
妹の少女は、その隣で小さく首を傾げていた。
「……お姉ちゃん」
「なぁに?」
「ヴォルグ、死んじゃった」
少女の声は、妙に明るかった。
まるで、今日の天気でも話すように。
姉はしばらく黙っていた。
そして。
「うん」
小さく頷いた。
「死んじゃったね」
「せっかく」
妹が両手を胸の前で合わせる。
「私たちと一緒のになれたのに」
「……うん」
「友達になれたのに〜」
少しだけ唇を尖らせる。
「食べられちゃった〜」
姉は悲しそうに笑った。
「食べられちゃったね」
二人の間に、しばらく沈黙が落ちた。
風が吹く。
木の葉が擦れる。
遠くで、何かの獣が鳴いた。
妹はその音に耳を傾けながら、ぽつりと言った。
「怖いな〜」
「うん」
「怖いな〜」
「……うん」
姉は妹の頭を撫でた。
その仕草だけを見れば、普通の姉妹だった。
けれど。
二人が恐れているものは、人間が恐れるものとは少し違っていた。
ヴォルグが死んだこと。
それ自体よりも。
そのヴォルグを、いとも簡単に食べてしまった存在。
あの黒い服。
白い手袋。
丁寧な言葉遣い。
何も急がず。
何も怒らず。
ただ食事をするように、ヴォルグを食べた男。
妹が、そっと顔を上げた。
「……お姉ちゃん」
「なぁに?」
「おじさまは」
少し間を置いて。
「私たちも食べるの?」
姉の表情が止まった。
「……どうだろうね」
「食べるの?」
「わからない」
「食べるのかなぁ」
二人は顔を見合わせた。
そして。
同時に森の奥を見る。
そこにはもう、誰もいない。
ただ。
さっきまであの男が立っていた場所だけが、妙に静かだった。
「……怖いね」
妹が言った。
「うん」
姉も頷く。
そのとき。
森の向こうから、足音がした。
――コツ。
――コツ。
一定の間隔。
二人が振り返る。
黒い服。
白い手袋。
老いた男が、木々の間から姿を現した。
「おや」
穏やかな声だった。
「まだお二人とも、こちらにいらしたのですか」
妹が少しだけ姉の後ろへ隠れる。
「……おじさま」
「はい」
「ヴォルグを食べた」
「ええ」
老執事は、何でもないことのように答えた。
「大変興味深いお味でございました」
「……おいしかった?」
「ええ」
ほんの少し考えて。
「十分に」
姉がじっと男を見る。
「じゃあ……」
その先を言う前に。
老執事は静かに頭を下げた。
「ご心配には及びません」
「……?」
「お嬢様方を食べるつもりはございません」
妹が顔を出す。
「ほんと?」
「はい」
「どうして?」
老執事は少しだけ微笑んだ。
「もう、味は知りましたので」
姉妹が瞬きをする。
「……味?」
「ええ」
「ヴォルグの?」
「左様でございます」
それ以上、説明する気はないらしい。
男は二人の横を通り過ぎる。
そして。
「それでは、私はこれで失礼いたします」
「帰るの?」
「はい」
「もう興味ないの?」
「ええ」
あまりにもあっさりした答えだった。
老執事は一礼する。
「十分に堪能いたしましたので」
そして。
黒い背中が、森の奥へ消えていく。
足音も。
気配も。
やがて、何もなくなった。
妹はしばらく、その方向を見ていた。
「……怖かった」
「うん」
「でも」
少女は姉を見る。
「食べられなくてよかった」
「そうだね」
姉も小さく笑った。
しばらくして。
妹が、ぽつりと言った。
「ねぇ、お姉ちゃん」
「なぁに?」
「次は」
黒い瞳が、夜空を見上げる。
「私たちが会いたいな」
「誰に?」
妹は嬉しそうに笑った。
「夜叉に」
その名前を口にした瞬間。
姉の表情も、少しだけ柔らかくなる。
「……夜叉」
「うん」
「それから?」
妹は指を一本ずつ折っていく。
「レオン」
「うん」
「カイル」
「うん」
「リゼット」
「……うん」
「みんな」
少女は楽しそうに笑った。
「今度は、私たちから会いに行こうよ」
姉はしばらく考えた。
そして。
「そうだね」
静かに頷いた。
「今度は、ちゃんと遊びたいね」
「うん!」
二人の少女は、手を繋いだ。
月明かりの下。
黒いドレスが、夜の森に溶けていく。
その顔には、子供のような無邪気な笑顔が浮かんでいた。
――ただ。
二人にとっての「遊ぶ」が。
人間にとってのそれと、同じ意味なのか。
それだけは。
まだ、誰にも分からなかった。




