26話 満身創痍
――帰路
森を出る頃には。
四人とも、満身創痍だった。
「……痛ぇ」
カイルが腕を押さえる。
「文句言わない」
リゼットが自分の肩を押さえながら言った。
「あなたより私は酷いんだから」
「それは分かってるって」
レオンは盾を背負い直した。
盾には、深い傷がいくつも刻まれている。
「……とりあえず、町へ戻ろう」
夜叉も頷く。
「うん」
頬には小さな切り傷。
腕にも傷。
服もかなり破れている。
それでも歩ける。
「みんな、歩ける?」
「俺は大丈夫」
「私も」
「……まあ、なんとか」
カイルが答える。
「夜叉は?」
「私も大丈夫だよぉ」
そう言って。
夜叉は尻尾をふわりと揺らした。
「でも……お腹空いた」
「お前は本当に変わらないな」
レオンが苦笑した。
「だっていっぱい動いたもん」
「確かに」
リゼットも小さく笑う。
「帰ったら、ちゃんと食べましょう」
「うん〜」
四人は。
ゆっくりと森を後にした。
───
町へ戻ると。
宿の主人が目を丸くした。
「お、おい……!」
四人の姿を見て、駆け寄ってくる。
「どうしたんだ、その怪我は!」
「ちょっと森でね」
カイルが笑う。
「ちょっとじゃないだろ!」
主人が叫んだ。
「医者を呼ぶぞ!」
「お願いします」
レオンが頭を下げる。
しばらくして。
町の治療師がやって来た。
「……これはまた派手にやったな」
治療師は四人を順番に診ていく。
「幸い、致命傷はない」
「よかった」
リゼットが息を吐く。
「ただし、今日は安静だ」
「分かりました」
治療が始まる。
薬を塗られ。
包帯を巻かれ。
簡単な治癒魔法も施される。
「……痛い?」
夜叉がリゼットを見る。
「少しね」
「じゃあ、これ食べる?」
夜叉が干し果物を差し出した。
「なんで持ってるのよ」
「旅のおやつ」
「まだ持ってたの……?」
「うん〜」
リゼットが思わず笑う。
「じゃあ、一つもらう」
「どうぞぉ」
カイルも手を伸ばす。
「俺も」
「カイルは自分で買いなよぉ」
「なんで俺だけ!?」
「リゼットは怪我してるから」
「俺も怪我してる!」
「じゃあ半分あげる」
「最初からそうしてくれよ……」
宿の主人が呆れた顔で眺めていた。
「……本当にAランク冒険者なのか?」
レオンが苦笑する。
「一応」
「一応ってなんだよ」
そんな会話が。
久しぶりに。
普通のものに感じられた。
───
夜。
四人は宿の食堂に集まっていた。
大きな鍋から立ち上る湯気。
焼いた肉。
野菜のスープ。
パン。
そして。
「いただきます〜」
夜叉が嬉しそうに手を合わせる。
「……うまい」
カイルが肉を頬張る。
「生き返るな」
「食べられるってことは、まだ元気ってことよ」
リゼットが笑う。
レオンは静かにスープを飲んでいた。
しばらく。
誰も森の話をしなかった。
ただ食事をする。
今日のことを忘れるように。
そして。
食事が半分ほど進んだ頃。
カイルがぽつりと言った。
「……でも」
三人が顔を上げる。
「あいつ、前より強くなってたよな」
レオンが頷く。
「ああ」
「俺たちも強くなったはずなのに」
「それでも、あいつは逃げた」
リゼットが言った。
「正確には、魔力が尽きて戦えなくなったからね」
「……それでもだ」
カイルは肉を置いた。
「昔は、俺たちなんか見向きもしなかった」
夜叉は黙っていた。
リリィ。
そして。
あの青年。
「……リリィが、私たちのことを話したんだねぇ」
「そうみたいだな」
レオンが答える。
「だから、今回は俺たちに興味を持った」
夜叉は少しだけ考える。
「……あの子たち」
黒い服の少女。
そして。
その姉。
「何を考えてるのかなぁ」
誰にも答えは分からなかった。
その時だった。
――からん。
食堂の入口で。
誰かが扉を開けた。
四人が一瞬だけ、そちらを見る。
入ってきたのは。
旅人だった。
それだけ。
夜叉は視線を戻した。
「……まあ」
そして。
いつものように笑う。
「今はご飯食べよっかぁ」
「そうだな」
レオンも笑った。
───
翌朝。
四人は町を出た。
「忘れ物ないか?」
レオンが確認する。
「ないよぉ」
「大丈夫」
「俺も」
夜叉は馬車へ乗り込む。
「帰ろう」
馬車が動き出した。
小さな町が遠ざかっていく。
森も。
少しずつ遠くなっていく。
夜叉は窓から外を眺めていた。
森の木々。
街道。
遠ざかっていく景色。
そして。
「……ん?」
夜叉の耳が動いた。
「どうした?」
カイルが聞く。
「……ううん」
夜叉は森を見る。
「なんでもないよぉ」
何か聞こえた気がした。
人の声。
……いや。
気のせいだ。
そう思った。
馬車は、そのまま進んでいく。
───
昼を過ぎた頃。
街道の途中で。
御者が馬を止めた。
「……どうした?」
レオンが前を見る。
「何かあるのか?」
御者は黙っていた。
街道の脇。
草むらに。
何かが落ちている。
カイルが降りる。
「……動物の死骸か?」
近づく。
しかし。
「……違う」
それは。
大きな獣の骨だった。
だが。
奇妙だった。
肉がほとんど残っていない。
食べられたようにも見える。
しかし。
周囲に血がない。
争った跡もない。
そして。
骨には。
何かに噛み砕かれたような跡すらなかった。
「……なんだ、これ」
リゼットが降りてくる。
夜叉も馬車から顔を出した。
「……」
夜叉は黙って骨を見る。
「……これ」
少しだけ。
嫌な匂いがした。
「森の近くで見たのと……似てる」
レオンの表情が変わる。
「持って帰るか?」
「ううん」
夜叉は首を振った。
「依頼の森とは、もう離れてる」
「……そうか」
カイルが骨から離れる。
「じゃあ行こう」
馬車が再び動き出す。
誰も。
その骨について話さなかった。
ただ。
夜叉だけは。
しばらく後ろを見ていた。
───
夕方。
街道沿いの小さな集落を通り過ぎた。
そこでは。
妙に静かだった。
人はいる。
店も開いている。
子供も走っている。
なのに。
犬の鳴き声がしない。
鳥もいない。
「……」
夜叉の耳が。
また動いた。
「夜叉?」
「……なんでもないよぉ」
馬車は集落を抜ける。
その直後。
後ろから。
「……あはは」
小さな声がした。
夜叉が振り返る。
誰もいない。
「……?」
カイルが聞く。
「どうした?」
「……ううん」
夜叉は前を向いた。
「何でもない」
馬車は。
王都へ向かって進んでいく。
───
翌日。
昼過ぎ。
遠くに。
王都の城壁が見えた。
「あ」
夜叉が窓から顔を出す。
「見えてきたよぉ」
「やっとか」
カイルが伸びをする。
「長かったな」
「二日だからな」
レオンが笑う。
門を抜ける。
見慣れた街並み。
人の声。
店の呼び込み。
馬車の音。
冒険者たちの笑い声。
王都の日常。
「……帰ってきたねぇ」
夜叉が呟いた。
四人は馬車を降りる。
依頼の報告をするため。
そのまま冒険者ギルドへ向かう。
今回の依頼は。
無事に終わった。
――そう思っていた。
その頃。
遠く離れた森では。
誰もいない道を。
一人の老いた男が歩いていた。
黒い服。
白い手袋。
乱れのない姿。
男は足を止める。
街道の方向を見る。
「……」
何かを探しているようにも見えた。
しかし。
すぐに興味を失ったように視線を戻す。
そして。
静かに歩き出す。
王都へ向かった四人は。
そのことを知らない。
自分たちが去った森で。
何かが終わったことも。
そして。
何かが始まったことも。
まだ――知らなかった。




