24話 災害の魔物 後半
黒天鳥討伐から、数時間後。
王都。
冒険者ギルドの酒場は、普段では考えられないほどの賑わいを見せていた。
「――乾杯!!」
「「「乾杯!!」」」
グラスが一斉に掲げられる。
木製のテーブルが揺れるほどの歓声。
笑い声。
料理の匂い。
酒の匂い。
今日だけは、ギルドの酒場が冒険者たちのためにほぼ貸し切りになっていた。
黒天鳥討伐戦。
王都史に残るほどの大規模討伐だった。
参加した冒険者は多い。
騎士団も多い。
負傷者も出た。
疲労も激しかった。
それでも――
誰も死ななかった。
それだけで、今日は祝う理由として十分だった。
「いやぁ……」
カイルが椅子にもたれかかる。
「生きて帰ってきたってだけで酒がうめぇ!」
「昼間から飲むなよ」
レオンが呆れた顔をする。
「今日はいいだろ!」
「まあ……今日くらいは」
リゼットも小さく笑った。
夜叉は料理を眺めている。
「……これ、おいしそう」
「そっちかよ」
カイルが笑う。
「夜叉は酒より飯だな」
「うん〜」
夜叉は素直に頷いた。
「お腹空いたからねぇ」
テーブルには大量の料理が並んでいた。
焼いた肉。
魚。
パン。
煮込み料理。
山盛りの野菜。
そしてデザートまである。
「討伐隊全員にこれを出してるのか?」
レオンが驚く。
受付嬢が笑った。
「今日はギルドからの大盤振る舞いです」
「太っ腹だな」
「今回の討伐は本当に大変でしたから」
その向こうでは、別のテーブルでも盛り上がっている。
「お前、あの暴風のとき吹っ飛ばされてたろ!」
「うるせぇ! お前だって三回転がってたじゃねぇか!」
「俺は自分から転がったんだ!」
「そんなわけあるか!」
「ははははは!」
笑い声。
今日初めて会った者同士が、まるで昔からの仲間のように肩を叩き合っている。
Aランクも。
Bランクも。
Cランクも。
普段なら一緒に依頼を受けることのない冒険者たちも。
今日は同じ酒場で酒を飲んでいた。
その中には――
「白猫の足跡!」
大声が飛んできた。
「こっち来いよ!」
「ん〜?」
夜叉が振り返る。
そこにいたのは、蒼穹の牙だった。
「お疲れさん!」
ガレスが大きなジョッキを掲げる。
「今日はお前らにも助けられた!」
「こっちもだよぉ」
夜叉が笑う。
「蒼穹の牙が翼を止めてくれたから、攻撃できたんだもん」
「そういうのはお互い様だ」
ミレアが笑う。
ノアも頷いた。
「あなたの射撃がなければ、あの個体の動きを止めるのは難しかったでしょう」
「そうかなぁ?」
「そうです」
即答だった。
夜叉は少し照れたように笑う。
「じゃあ……ありがとう」
「こちらこそ」
セラが言う。
それから料理を見る。
「それと――」
「ん?」
「これ、食べてもいい?」
「もちろん」
「いただきます」
セラは静かに料理を取り始めた。
「お前、そこだけ妙に落ち着いてるな」
ガレスが笑う。
「お腹が空いているから」
「……まあ、そうだな」
───
しばらくすると。
酒場の中央で、誰かが大声を上げた。
「そういえば!」
「?」
「黒天鳥の最後の一撃!」
冒険者たちがそちらを見る。
「誰が決めたんだ?」
「俺はガレスだと思う!」
「いや、白猫の足跡だろ!」
「騎士団の魔法だ!」
「弓兵だってかなり削ってたぞ!」
あちこちから声が上がる。
誰が最後に倒したのか。
誰の攻撃が決定打だったのか。
そんな話で盛り上がる。
しかし。
フィルティーナが静かに口を開いた。
「……誰でもいいのではありませんか?」
酒場が少し静かになる。
「今回の討伐は、誰か一人で成し遂げたものではありません」
フィルティーナは穏やかに笑う。
「騎士団も」
周囲を見る。
「冒険者も」
「魔術師も」
「弓兵も」
「治癒班も」
「皆が自分の役割を果たしたからこそ、討伐できたのです」
一瞬。
静寂。
そして。
「……そうだな」
誰かが言った。
「その通りだ」
別の誰かが笑う。
「じゃあ、全員に乾杯だ!」
「おお!」
「もう一回やるのかよ!」
「いいじゃねぇか!」
再びグラスが掲げられる。
「黒天鳥討伐戦――!」
「成功を祝って!」
「乾杯!!」
今度は酒場中の人間が声を合わせた。
夜叉もグラスを持ち上げる。
「乾杯〜」
その顔には、久しぶりの穏やかな笑みが浮かんでいた。
───
その頃。
王都から遠く離れた森。
夜。
月明かりだけが、木々の隙間から差し込んでいる。
その森の奥深く。
「…………」
鞠凪は一人、立っていた。
黒い着物。
長く黒い髪。
いつもの姿。
目は、いつものように閉じられている。
その前に――
巨大な影が倒れていた。
黒天鳥。
いや。
王都で討伐された個体よりも、明らかに大きい。
翼を広げれば六十メートルを超える。
身体を覆う羽毛は異様なほど濃く、魔力を帯びていた。
その周囲には。
巨大な木々が何本も倒れている。
地面は深く抉れていた。
山肌すら、一部が崩れている。
まるで。
森そのものが、一度嵐に呑まれたようだった。
その中央に。
鞠凪が立っている。
「……」
鞠凪は倒れた黒天鳥を見る。
「大きいね」
それだけだった。
黒天鳥の身体には、無数の傷がある。
だが。
鞠凪の身体には――
ほとんど傷がない。
着物も破れていない。
髪も乱れていない。
ただ。
右手に持った刀の先から、赤い血が一滴だけ落ちた。
ぽたり。
地面へ落ちる。
鞠凪は刀を軽く振った。
血が飛ぶ。
そして鞘へ納めた。
「……終わったねぇ」
静かな声。
森には誰もいない。
誰も、この戦いを見ていない。
王都では今頃。
何百人もの冒険者と騎士が、一体の巨大な魔物を倒したことを祝っている。
その裏側で。
鞠凪は一人。
別の黒天鳥を倒していた。
しかも。
こちらの個体は――
王都で討伐されたものより、遥かに大きい。
鞠凪は倒れた巨体へ近づく。
黒い羽を一枚拾い上げる。
指先で羽軸を確かめる。
「……丈夫だねぇ」
その声は、いつもの素材鑑定のときと変わらない。
羽を少し持ち上げる。
月明かりに照らされた黒い羽。
鞠凪は、それをじっと見つめた。
「…………」
ほんの一瞬。
その表情が止まる。
何かを思い出したようにも見えた。
けれど。
すぐに、いつもの穏やかな顔へ戻る。
「明日、ギルドに持っていこう」
そう呟いた。
鞠凪は羽を持ったまま、森の奥を見る。
暗闇。
月明かりすら届かない場所。
「…………」
風が吹く。
木々が揺れる。
鞠凪の長い黒髪が、わずかに揺れた。
そして。
ほんの少しだけ。
懐かしそうに笑う。
「……君、沢山いるんだねぇ」
誰に向けた言葉なのか。
それは分からない。
鞠凪はそれ以上何も言わなかった。
黒い羽を持ち。
そのまま森を歩き始める。
その姿は、やがて夜の闇へ溶けていった。
───
翌朝。
冒険者ギルド。
「……鞠凪さん?」
素材鑑定所の職員が目を丸くする。
「これ、どこで?」
「森だよぉ」
「……森?」
「うん」
鞠凪が机の上へ置いたもの。
それは。
巨大な黒い羽だった。
昨日。
王都の討伐隊が戦った黒天鳥の羽よりも。
遥かに大きい。
「…………」
職員はしばらく黙っていた。
「……これ、本当に森で?」
「うん」
鞠凪はいつもの穏やかな笑顔で頷く。
「買い取りお願いねぇ」
「分かりました……」
職員は羽を受け取る。
その大きさに、改めて目を丸くした。
鞠凪は何事もなかったかのように、自分の席へ戻った。
そして。
今日も素材を鑑定する。
昨日、王都を揺るがした大討伐。
その裏側で何が起きていたのか。
知る者は――
まだ、誰もいない。
ただ。
王都から遠く離れた森で。
誰にも知られず倒された、もう一体の巨大な魔物。
その存在を知る者は。
まだ、誰もいない。
ただ。
いつか。
この長い時間の中で。
誰かがこの場所へ辿り着く日を。
鞠凪は静かに待っていた。
読んでくれてありがとう〜




