22話 いつもの日常へ。
翌朝。
王都の空は、昨日までの雨が嘘だったかのように晴れていた。
朝の市場には人々の声が飛び交い、通りを行き交う馬車の車輪が、乾き始めた石畳を軽快に鳴らしている。
白猫の足跡の四人は、冒険者ギルドへ向かっていた。
「……久しぶりに、ちゃんとした依頼を受けられるな」
レオンが歩きながら言う。
「昨日は休みだったからなぁ」
カイルが伸びをする。
「休みって言っても、俺たちは荷物持ちだったけど」
「楽しかっただろ?」
レオンが笑う。
「……まあ、女子三人が楽しそうだったからいいけどさ」
カイルはそう言って、ちらりと夜叉を見る。
夜叉は隣を歩きながら、昨日買った小さな髪飾りを指で触っていた。
「これ?」
「うん」
「昨日買ったやつか」
「そうだよぉ」
夜叉は嬉しそうに笑う。
「フィルティーナが選んでくれたんだぁ」
「へぇ」
カイルがニヤリとする。
「大事そうだな?」
「うん〜」
「……そりゃ大事だよな」
リゼットが横から言う。
「夜叉にとっては特別だもの」
「リゼットぉ」
「ふふ」
夜叉は少しだけ頬を赤くした。
「……昨日、楽しかったねぇ」
「そうね」
リゼットも微笑む。
昨日の午後。
バグや魔人の話を忘れられたわけではない。
けれど、少なくともあの時間だけは。
四人――いや、フィルティーナも含めた五人で、ただ笑っていられた。
そのことが、夜叉には嬉しかった。
───
「おはようございます!」
冒険者ギルドに入ると、受付の職員が笑顔で迎えてくれた。
「白猫の足跡の皆さん、お待ちしていました」
「俺たちを?」
カイルが首を傾げる。
「はい。Aランク向けの依頼がいくつか入っています」
「さすがAランク」
レオンが依頼掲示板を見る。
そこには、いくつもの依頼書が並んでいた。
「魔物討伐……薬草採取……護衛……」
リゼットが順番に見ていく。
「結構あるね」
「どれにする?」
カイルが夜叉を見る。
「夜叉、どうしたい?」
「う〜ん……」
夜叉は掲示板を眺める。
「なるべく楽なのがいいなぁ」
「出た」
カイルが笑う。
「Aランク冒険者の発言とは思えない」
「だって、戦うの疲れるんだもん」
「でも夜叉、結局一番活躍するじゃない」
リゼットが言う。
「そういう問題じゃないよぉ」
夜叉は頬を膨らませた。
レオンが依頼書を一枚取る。
「これならどうだ?」
「どれ?」
「王都近郊の街道に出る魔物の討伐。ゴブリンとウルフ系が中心らしい」
カイルが覗き込む。
「……この前と似たような依頼だな」
「そうだな」
レオンが頷く。
「昨日までの雨で、森から魔物が出てきているらしい」
「なるほど」
リゼットが依頼書を読む。
「数は多くないみたい。これなら今日中に終わりそうね」
「じゃあ、それにしようかぁ」
夜叉が頷いた。
受付へ依頼書を持っていく。
「はい。こちらですね」
職員が受け取る。
「お気をつけてくださいね」
「はーい」
夜叉が手を振る。
こうして。
白猫の足跡の一日は始まった。
───
王都を出てしばらく。
四人は森へ続く街道を歩いていた。
「……静かだな」
レオンが辺りを見る。
「昨日の雨で、動物もまだ隠れてるのかも」
リゼットが答える。
「足跡は?」
カイルが尋ねる。
「こっち」
夜叉がしゃがみ込んだ。
濡れた土に残された、小さな足跡。
「ゴブリンが三……いや、四匹かなぁ」
「分かるのか?」
「うん〜」
夜叉は立ち上がる。
「それと、ウルフが二匹」
「よし」
カイルが双剣に手を添える。
「じゃあ、さっそく――」
「待って」
夜叉が言った。
全員が止まる。
「あっち」
夜叉が森の奥を見る。
「何かいるよぉ」
レオンが盾を構えた。
「数は?」
「……五匹」
カイルが笑う。
「ちょうどいいな」
「気をつけて」
リゼットが杖を構える。
木々の間から。
低い唸り声が聞こえた。
次の瞬間。
二匹のウルフが飛び出してくる。
「来た!」
カイルが前へ出た。
一匹目の牙を剣で受け流す。
「っと!」
そのまま身体を回転させ、横薙ぎ。
ウルフが地面に転がった。
もう一匹がレオンへ向かう。
「させるか!」
盾で受け止める。
ガンッ!
「今だ!」
リゼットが杖を掲げる。
「――風よ」
風が走る。
ウルフの身体が横へ吹き飛んだ。
そこへ。
シュッ。
一本の矢が飛ぶ。
正確にウルフの足元へ突き刺さった。
「夜叉!」
「動きを止めただけだよぉ」
夜叉は弓を下ろす。
「お願いねぇ」
「任せろ!」
カイルが駆ける。
数秒後。
戦いは終わった。
森の奥から、ゴブリンたちが姿を現す。
「……四匹」
レオンが呟く。
「まとめて来るぞ!」
カイルが構える。
ゴブリンたちが一斉に走ってくる。
しかし。
「左」
夜叉が言った。
レオンが即座に盾を向ける。
ガンッ!
ゴブリンの棍棒を受け止める。
「右!」
カイルが反応する。
「分かってる!」
背後から迫っていたゴブリンを斬り払う。
「リゼット、三匹目」
「了解」
魔法が地面を走る。
足元を凍らせ、ゴブリンの動きを止めた。
「夜叉!」
「うん〜」
弓を引く。
放つ。
矢がゴブリンの武器を弾き飛ばす。
「これで終わりだ」
レオンが前へ出る。
その後の戦闘は、ほとんど一方的だった。
しばらくして。
森は再び静かになった。
「……終わったぁ」
夜叉が大きく伸びをする。
「お疲れ」
リゼットが笑う。
「これで依頼達成?」
カイルが辺りを見る。
「たぶんな」
レオンが確認する。
「報告用に数を覚えておこう」
「ゴブリン四、ウルフ二」
夜叉が即答する。
「……夜叉」
「ん?」
「なんでそんなに正確なんだ?」
「見てたからぁ」
「そっか……」
カイルは遠い目をした。
───
昼過ぎ。
四人は街道沿いの小さな町へ立ち寄った。
依頼の報告をするためだ。
町の冒険者ギルドへ入ると、受付の女性が驚いた顔をする。
「もう終わったんですか?」
「はい」
レオンが頷く。
「ゴブリン四匹、ウルフ二匹です」
「ありがとうございます」
受付嬢が記録を書く。
「白猫の足跡の皆さんは、やっぱり早いですね」
「そう?」
夜叉が首を傾げる。
「はい。Aランクの皆さんでも、ここまで早く終わらせる方はなかなか……」
「そうなんだぁ」
夜叉は嬉しそうに笑った。
「じゃあ、ご飯食べて帰ろうよぉ」
「賛成」
カイルが即答する。
「俺も腹減った」
「私も」
リゼットが頷く。
レオンも笑った。
「じゃあ、何か食べて帰るか」
四人は町の食堂へ向かった。
───
食堂では、昼食を食べながら今日の依頼について話していた。
「明日はどうする?」
カイルが聞く。
「また依頼を探そう」
レオンが答える。
「最近、仕事が続いてるねぇ」
夜叉はスープを飲む。
「冒険者だからね」
リゼットが笑う。
「そうだけどぉ……」
夜叉は少し考えて。
「明日は休みでもいいんじゃないかなぁ」
「それは賛成」
カイルが手を上げる。
「俺も賛成」
レオンも頷いた。
「じゃあ、明日は休みにしようか」
リゼットが笑う。
四人の間に、穏やかな空気が流れた。
───
その帰り道。
夜叉はふと、足を止めた。
「……?」
森の入口。
昨日までの雨で湿った土。
その端に。
小さな黒いものが落ちていた。
「夜叉?」
リゼットが振り返る。
「どうしたの?」
「……ううん」
夜叉は少しだけ見つめる。
それは、黒い羽根のようにも見えた。
けれど。
夜叉には、それが何なのか分からなかった。
「……なんでもないよぉ」
夜叉は拾わなかった。
そのまま、仲間たちのところへ戻る。
「帰ろう」
「うん」
四人は王都へ向かって歩き始めた。
誰も気づいていない。
森の奥。
雨に濡れた木の根元に。
黒い羽根が、もう一枚。
静かに落ちていた。
読んでくれてありがとう〜




