↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
白織夜叉の冒険譚  作者: 蹴 鞠
第2章
PR
47/56

21話 お買い物


バグについての話が終わったのは、昼を少し過ぎた頃だった。


部屋の中には、まだ少し重たい空気が残っている。


机の上には、フィルティーナが説明に使った紙が置かれていた。


Lv1。


Lv2。


Lv3。


Lv4。


そして――Lv5。


魔人。


夜叉はしばらく、その紙を見つめていた。


けれど。


「……さて」


フィルティーナが、ふっと息を吐いた。


先ほどまでの説明する表情とは違う、柔らかな笑顔だった。


「せっかくのお休みですし……」


「ん?」


夜叉が顔を上げる。


「私、今日は非番なんです」


「そうなの?」


「はい」


フィルティーナは頷いた。


「昨日まで少し忙しかったので、今日は久しぶりに何も予定がなくて」


そう言って、少しだけ嬉しそうに笑う。


「だから……もしよかったら、午後から一緒に出かけませんか?」


「……お出かけ?」


「はい」


夜叉の耳が、ぴんと立った。


「どこ行くのぉ?」


「まだ決めていません」


フィルティーナは少し困ったように笑う。


「ただ、王都をゆっくり歩いてみようかなって」


「いいねぇ」


夜叉の表情が、ぱっと明るくなる。


「リゼットも一緒に行こうよぉ」


「もちろん」


リゼットはすぐに頷いた。


「せっかくフィルティーナが非番なんだしね」


「ありがとうございます」


フィルティーナが嬉しそうに笑った。


その様子を見ていたカイルが、手を上げる。


「じゃあ俺たちは?」


レオンも首を傾げる。


「俺たちも行くのか?」


夜叉は二人を見て。


にこっと笑った。


「うん〜」


「おっ、よかった」


「荷物持ちねぇ」


「……」


「……」


カイルとレオンが、同時に黙った。


「ですよねー!」


カイルが頭を抱える。


「なんとなくそんな気はしてた!」


リゼットが笑う。


「二人とも、よろしくね」


「俺たちの役割が完全に決まってる……」


レオンは苦笑しながら頷いた。


「まあ、いいだろ。今日は休みなんだ」


「レオン、お前こういうとき妙に物分かりいいよな……」


「お前も楽しめばいい」


「何を?」


「買い物を」


「俺たちは荷物を持つんだろ!」


夜叉とリゼット、そしてフィルティーナが顔を見合わせる。


三人とも、思わず笑った。


     ◇


午後。


王都の大通りには、雨上がりの明るい光が降り注いでいた。


濡れた石畳には青空が映り、屋台からは焼き菓子の甘い香りが漂っている。


「わぁ……」


夜叉が嬉しそうに辺りを見回す。


「やっぱり雨の後って、街が綺麗だねぇ」


「そうですね」


フィルティーナも周囲を見渡す。


「空気も少し澄んでいる気がします」


「フィルティーナ、今日は本当にゆっくりしていいんだよぉ」


「ふふ。そうですね」


フィルティーナは笑った。


「今日は、そうさせてもらいます」


その笑顔は、午前中にバグについて説明していたときとは少し違っていた。


騎士としての緊張が抜けている。


それだけで、夜叉には嬉しかった。


最初に向かったのは、王都でも人気の衣料品店だった。


店内には、色とりどりの服や布地が並んでいる。


「これ、かわいいよぉ」


夜叉が髪飾りを手に取る。


小さな花を模した飾りだった。


フィルティーナが覗き込む。


「綺麗ですね」


「似合うかなぁ?」


「ええ。夜叉によく似合うと思います」


「ほんとぉ?」


「はい」


フィルティーナは微笑んだ。


「とても素敵ですよ」


「……そっかぁ」


夜叉の耳が、少しだけ横に倒れた。


頬も、ほんのり赤い。


それを見たリゼットが、口元を押さえる。


「ふふ」


「リゼットぉ」


「何も言ってないよ?」


「笑ってるよぉ」


「気のせい」


フィルティーナは二人を見て、くすっと笑った。


その後ろでは。


「……レオン」


「なんだ?」


「これ、もう三袋目だぞ」


「そうだな」


「まだ最初の店だぞ?」


「そうだな」


「……帰りたい」


「まだ始まったばかりだ」


「絶望的なこと言うなよ!」


カイルが袋を抱え直す。


レオンも両手に荷物を持っていた。


「まあ、夜叉が楽しそうだからいいだろ」


「お前、夜叉には甘いよな」


「お前もだろ」


「……それはそう」


二人は顔を見合わせる。


「じゃあ頑張るか」


「おう」


     ◇


次に訪れたのは、王都の雑貨店だった。


髪飾り。


小さなアクセサリー。


香りの良い石鹸。


手鏡。


可愛らしい置物。


女性向けの品が所狭しと並んでいる。


「こういうお店、好きなんだよねぇ」


夜叉が楽しそうに歩く。


「見てるだけでも楽しいよぉ」


「分かります」


フィルティーナも棚を眺める。


「こういう場所は、あまり来たことがありませんでした」


「騎士って忙しいもんねぇ」


「はい」


フィルティーナは苦笑した。


「任務や訓練が多かったので」


「じゃあ今日はいっぱい見よう」


夜叉がフィルティーナの手を取った。


「せっかくのお休みなんだからぁ」


「……夜叉」


「ね?」


フィルティーナは少し驚いたように目を瞬かせる。


そして。


「……はい」


優しく笑った。


しばらくして。


三人は店の奥にある小さな喫茶スペースで休憩することにした。


テーブルには、温かい紅茶と焼き菓子。


「おいしい〜」


夜叉が幸せそうに目を細める。


白い尻尾も、ゆったり揺れている。


「夜叉は本当に甘いものが好きね」


リゼットが笑う。


「好きだよぉ」


「フィルティーナは?」


「私も好きですよ」


「じゃあ、これどうぞ」


夜叉が自分の皿から焼き菓子を一つ取る。


「食べる?」


「いいの?」


「うん〜」


「ありがとう、夜叉」


フィルティーナは受け取って、一口食べた。


「……美味しい!」


「でしょぉ?」


夜叉が嬉しそうに笑う。


その様子を見ながら、リゼットが紅茶を飲む。


「……なんだか、こうしてると冒険者じゃなくて、普通の友達みたいね」


「普通の友達?」


夜叉が首を傾げる。


「買い物して、お菓子を食べて、こうやって話して」


リゼットは微笑んだ。


「こういう時間も、いいなって思って」


「そうですね」


フィルティーナも頷いた。


そして、窓の外を見る。


雨上がりの街。


行き交う人々。


明るい声。


焼き菓子の甘い香り。


「……こういう時間、大切にしたいですね」


その言葉に、夜叉は少しだけフィルティーナを見る。


午前中。


魔人の話をしていた彼女。


夜叉の過去を心配してくれた彼女。


そして今は。


こうして一緒に笑っている。


「フィルティーナ」


「はい?」


「また一緒に来ようねぇ」


フィルティーナは少しだけ目を丸くして。


すぐに、優しく微笑んだ。


「……はい」


その返事は、とても穏やかだった。


その頃。


店の外では。


「……重い」


「まだ言うか」


「だって重いんだよ!」


「次は俺が持つ」


「いや、レオンが持ったら俺が暇になるだろ!」


「暇でいいじゃないか」


「よくねえよ!」


男二人の声が店内まで聞こえてくる。


三人は顔を見合わせた。


そして。


「ふふっ」


「ふふふ」


「……もう」


三人とも笑った。


バグ。


魔人。


そして、夜叉の過去。


それらが消えたわけではない。


けれど。


今この瞬間だけは。


考えなくてもいい。


ただ友達と歩いて。


好きなものを眺めて。


美味しいものを食べて。


笑う。


それだけでよかった。


雨上がりの王都に、午後の柔らかな光が降り注いでいる。


白猫の足跡の休日は――まだ、始まったばかりだった。

読んでくれてありがとうございます

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。