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白織夜叉の冒険譚  作者: 蹴 鞠
第2章
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13話 小さなバグ


王都。


数日後。


蒼月迷宮から帰還して。


数日が経っていた。


「……やっぱり、街のご飯は美味しいねぇ」


白織夜叉は。


冒険者ギルドの食堂で。


頬杖をつきながら。


湯気の立つシチューを。


ゆっくり口に運んでいた。


「迷宮でも食べてただろ」


レオンが呆れたように言う。


「食べてたよぉ」


「帰ってきてからも毎食食べてるわね」


リゼットが淡々と指摘する。


「だってぇ……」


夜叉は。


スプーンを持ったまま。


ほんの少し頬を膨らませた。


「……迷宮から帰ってきたら、普通のご飯がもっと美味しく感じるんだもん」


「分かる」


カイルが即答した。


「迷宮の携帯食、三日目くらいから味が全部同じに感じたし」


「お前、途中から夜叉の保存食まで食ってただろ」


「バレた?」


「バレるわ」


いつもの四人。


いつもの食事。


いつもの笑い声。


――だからこそ。


その日の夕方。


冒険者ギルドの受付嬢から。


ひとつの依頼を受けた時。


夜叉だけが。


少しだけ。


眉を動かした。


「……家畜の死体?」


「はい」


受付嬢は。


声を落とした。


「王都から少し離れた農村で、ここ三日ほど続いているそうです」


羊。


山羊。


鶏。


そして。


昨日から。


牛まで。


死んでいる。


だが。


「血が……ほとんどない?」


「正確には傷が見当たらないそうです」


リゼットが依頼書を覗き込む。


「病死では?」


「最初はそう考えられていました」


受付嬢の表情が曇る。


「ただ……」


「死んだ動物の肉が一部だけ、妙に硬くなっていたそうです」


「硬い?」


「石みたいに」


その言葉に。


夜叉の耳が。


ぴくりと動いた。


「…………」


一瞬。


胸の奥に。


知らない感覚が触れた。


雪。


白い景色。


冷たい空気。


そして――


自分よりずっと大きな何かに。


抱き上げられている感覚。


――やめて。


――お願い……。


――この子だけは……。


「夜叉?」


レオンの声で。


現実へ戻る。


「……うん?」


「どうした?」


「……なんでもないよぉ」


夜叉は笑った。


けれど。


その笑顔は。


いつもより。


ほんの少しだけ。


薄かった。


───


翌朝。


四人は。


農村へ向かった。


村へ入った瞬間。


異様な臭いがした。


腐臭ではない。


血でもない。


肉が腐った臭いでもない。


もっと別の。


生き物の身体が。


本来ではない何かへ。


変わってしまったような――


そんな臭い。


「……嫌な感じ」


リゼットが鼻を押さえる。


「だな」


カイルも。


珍しく笑っていなかった。


牧場の奥。


柵の中に。


一頭の牛が横たわっていた。


「これが……?」


レオンが近づく。


夜叉は。


少し離れた場所から見る。


牛の身体には。


傷がない。


毛並みも。


大きく乱れていない。


なのに。


腹部だけが。


不自然に膨らんでいた。


「……夜叉」


リゼットが呼ぶ。


「見て」


「うん?」


彼女が。


杖の先で。


地面を示した。


土。


その上に。


何かが落ちている。


黒い。


肉片のようにも見える。


しかし。


それは。


微かに動いていた。


「……生きてる?」


カイルがしゃがみ込む。


「触らないで」


リゼットが止める。


だが。


遅かった。


黒い肉片が。


ぴくり。


と震えた。


そして。


――ずる。


ほんの少しだけ。


地面を這った。


「……!」


カイルが飛び退く。


「なんだこれ」


夜叉は。


弓に手を伸ばした。


黒い肉片は。


まるで何かを探すように。


震えている。


そして。


近くに転がっていた。


鶏の死骸へ――


這っていった。


「まずい!」


リゼットが魔法を放つ。


炎が。


一瞬だけ。


地面を焼いた。


黒い肉片が。


消し飛ぶ。


しかし。


焼けた地面の下から。


さらに。


小さな黒いものが。


いくつも現れた。


「……増えた?」


レオンが剣を構える。


「違う」


夜叉が呟く。


「最初から……いたんだ」


地面。


柵。


死んだ家畜。


その周囲。


黒いものが。


ゆっくりと動いている。


まるで。


何かを待っているように。


「これ……」


リゼットが息を呑む。


「前に鞠凪さんが話していた……」


夜叉は。


答えなかった。


ただ。


その目だけが。


静かに細くなっていた。


───


その夜。


村の外れ。


誰もいない納屋。


月明かりが。


壊れた屋根の隙間から差し込んでいた。


その中に。


少女がいた。


黒いゴシック調の服。


白い肌。


長い髪。


小さな身体。


両手には。


黒い手袋。


少女は。


床に座り込み。


何かを眺めていた。


それは。


昼間。


夜叉たちが焼き払ったものと同じ。


黒い肉片。


少女は。


それを指先でつまみ。


じっと観察している。


「…………」


そして。


ぽつり。


「まだいる」


少女は笑った。


無邪気な笑顔だった。


「よかった」


嬉しそうに。


本当に嬉しそうに。


「まだ、遊べる」


黒い肉片を。


口元へ運ぶ。


――ぱく。


食べた。


少女は。


目を細める。


「……うん」


味を確かめるように。


少しだけ首を傾げる。


「これ」


そして。


小さく。


「お姉ちゃんが食べてたのと……同じ」


その言葉の意味を。


誰も知らない。


少女は。


立ち上がった。


そして。


納屋の外を見る。


遠く。


村の明かり。


その向こうに――


小さな四つの人影が見えた。


「…………」


少女は。


目を細める。


「四人」


指を。


一本ずつ折る。


「ひとり」


「ふたり」


「さんにん」


「よにん」


そして。


嬉しそうに笑った。


「……いる」


だが。


少女は。


襲わなかった。


ただ。


見ていた。


まるで。


珍しいものを見つけた子供のように。


「ねぇ」


誰もいない暗闇へ向かって。


少女は話しかける。


「お姉ちゃん」


返事はない。


「この人たち」


少し考える。


「食べる?」


沈黙。


少女は。


首を傾げる。


「……まだ?」


また笑う。


「そっか」


少女は。


納屋の壁へ。


背中を預けた。


「じゃあ、待つね」


月明かりの中。


少女の影が伸びる。


けれど。


その影だけが。


少女とは逆方向へ伸びていた。


少女は。


それに気づかない。


ただ。


楽しそうに。


村の外を見ていた。


「……早く」


小さな声。


「遊びたいなぁ」


───


その頃。


村の中では。


夜叉が。


眠れずに。


窓の外を見ていた。


理由は。


分からない。


ただ。


胸の奥に。


嫌な予感がある。


そして――


雪の中で聞いた。


あの声が。


また。


ほんの一瞬だけ。


記憶の奥から蘇った。


――やめて……。


――お願い……。


――この子だけは……。


夜叉は。


胸元を押さえる。


「…………」


何も分からない。


何も思い出せない。


ただ。


ひとつだけ。


確かなことがあった。


あの黒いものを見てから。


ずっと。


誰かに見られている気がする。


夜叉は。


窓を閉めた。


その瞬間。


遠くの納屋で。


少女が笑った。


「……見つけた」


誰にも聞こえない声で。


少女は呟く。


「白い子」


そして。


嬉しそうに。


もう一度。


笑った。

読んでくれてありがとうございます〜

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