12話 白猫の足跡 ダンジョンデビュー
王都から馬車で二日。
山間の街道を抜けた先に。
そのダンジョンはあった。
――『蒼月迷宮』。
古い遺跡の地下に広がる。
全二十階層の迷宮。
五階ごとに。
強力な守護者が待ち構えている。
そして。
最深部は。
未だ誰にも攻略されていないという。
そこへ向かう冒険者たちが。
四人。
「……これが」
白織夜叉は。
目の前にそびえる。
巨大な石造りの入口を見上げていた。
「ダンジョン……!」
白い耳が。
ぴん。
尻尾が。
ふわっ。
「……」
レオンが横を見る。
「夜叉」
「うん?」
「楽しそうだな」
「うん!」
即答だった。
「だって、初めてなんだもん〜」
「私も楽しみ」
リゼットも入口を見上げる。
「古代遺跡型の迷宮、内部構造がどうなっているのか気になるわね」
「俺は宝箱が楽しみ!」
カイルが拳を握る。
「罠も楽しみ!」
「罠は楽しむものじゃない」
レオンが即座に突っ込んだ。
「宝箱!」
「分かる」
「罠!」
「分からない」
「なんでだよ!」
こうして。
白猫の足跡。
初めてのダンジョン攻略が始まった。
───
第一階層。
「……広いな」
レオンが呟く。
石造りの通路。
壁には古びた燭台。
天井は高く。
ところどころに青白い鉱石が埋め込まれている。
「綺麗……」
夜叉が壁を見る。
「これ、魔力を蓄えてるみたい」
リゼットが鉱石に触れる。
「迷宮そのものが魔力で維持されているのかもしれないわ」
「へぇ〜」
夜叉が近づく。
そして。
鉱石をじっと見つめる。
「……食べられるかなぁ」
「食べるな」
レオンが即答した。
「だって青くて綺麗だよぉ」
「綺麗だから食べるという発想をやめろ」
「冗談だよぉ」
夜叉が笑う。
カイルが前方を指差した。
「あっ」
「どうした?」
「魔物」
通路の奥。
三体のゴブリンが。
こちらを見ていた。
「……」
「……」
「……」
ゴブリンたちも。
四人を見る。
数秒。
沈黙。
そして。
ゴブリンが逃げた。
「……逃げた」
カイルが呟く。
「追う?」
夜叉が弓を構える。
「いや」
レオンが止める。
「わざわざ追わなくていいだろ」
「そっかぁ」
夜叉が弓を下ろす。
すると。
「ギィギャアアアア!」
遠くから。
悲鳴が響いた。
「……」
「……」
「……」
四人が顔を見合わせる。
「……何かに追われてるな」
カイルが言う。
「行ってみる?」
夜叉が首を傾げる。
「いや」
レオンが止める。
「ダンジョン初日から面倒事に首を突っ込む必要は――」
「ギィギャアアアアア!」
「……」
レオンが黙る。
「……行こう」
「うん〜」
「判断が早い」
リゼットが笑った。
───
結局。
ゴブリンたちは。
巨大なトカゲに追われていた。
「なるほど」
レオンが盾を構える。
「なら、助けるか」
「ゴブリンを?」
カイルが驚く。
「魔物だぞ?」
「逃げているものを助けるくらい構わないだろ」
「レオンらしいねぇ」
夜叉が笑う。
「じゃあ、私が止めるよぉ」
弓を引く。
矢が放たれる。
――ドンッ!
トカゲの前足に矢が刺さる。
「ギャッ!」
驚いたトカゲが止まる。
「今」
「任せろ!」
レオンが突っ込む。
盾で頭部を受け止める。
「カイル!」
「おう!」
横から。
カイルが飛び込む。
素早い二連撃。
「リゼット!」
「分かってる!」
氷が地面を走る。
地下トカゲの足が凍りつく。
「夜叉!」
「うん〜」
夜叉が弓を引く。
狙い。
一瞬。
そして。
放つ。
――ドン。
矢が。
額へ突き刺さった。
巨大な身体が。
ゆっくりと倒れる。
「……終わり」
夜叉が弓を下ろす。
「初戦闘、問題なし」
リゼットが頷く。
「順調ね」
カイルが倒れた魔物を見る。
「……なあ」
「なんだ?」
「これ」
トカゲの口元を指差す。
「食べられるかな?」
「……」
「……」
「……」
夜叉の目が。
輝いた。
「食べてみようかぁ」
「待て!」
レオンが叫んだ。
───
第一階層。
攻略時間。
二時間。
原因。
途中で見つけた食材を。
調理していたため。
「……」
レオンは。
鍋を見つめていた。
「なんでダンジョンに来てまで鍋料理してるんだ、俺たちは」
「美味しいよぉ?」
夜叉がスープを飲む。
「……うん〜」
「うまい!」
カイルも食べる。
「意外といけるな、これ」
リゼットも一口。
「……悪くないわね」
レオンも。
仕方なく食べる。
「……」
「どう?」
夜叉が聞く。
「……美味い」
「でしょ〜?」
夜叉が嬉しそうに笑った。
───
二日目。
第五階層。
「……来たな」
大きな扉。
その向こうから。
巨大な魔力を感じる。
「ボス部屋ね」
リゼットが杖を握る。
「緊張するな」
カイルが笑う。
「でも楽しそう」
夜叉が弓を構える。
「行こう」
レオンが扉を開いた。
――ズン。
地面が揺れた。
巨大な鎧を着た魔物が。
ゆっくりと立ち上がる。
「……でか」
カイルが呟く。
全長三メートル。
手には巨大な斧。
胸部では。
赤い魔石が輝いている。
「第五階層守護者……」
リゼットが呟く。
「行くぞ!」
レオンが走る。
斧が振り下ろされる。
――ズドォン!
床が砕ける。
「うおっ!」
カイルが飛び退く。
「夜叉!」
「分かってるよぉ」
矢が魔石へ。
――キィン!
弾かれた。
「硬い」
「なら――」
リゼットが魔法を放つ。
炎。
氷。
風。
連続して叩き込む。
その隙に。
レオンが盾で攻撃を受け止める。
「今だ!」
「任せろ!」
カイルが背後へ回る。
その瞬間。
夜叉が。
静かに。
弓を引いた。
呼吸。
狙う。
魔物が斧を振り上げる。
レオンが耐える。
「夜叉!」
「――うん」
放つ。
矢が。
一直線に。
魔石を貫いた。
――パキン。
赤い魔石が砕ける。
巨大な魔物が。
ゆっくり膝をついた。
――ズン。
「……勝った」
カイルが呟く。
「勝ったな」
レオンが息を吐く。
「初ボス撃破」
リゼットも笑う。
「やったぁ〜」
夜叉が尻尾を振る。
その瞬間。
魔物の身体が消え。
床に。
宝箱が現れた。
「……!」
四人の目が。
一斉に輝く。
「宝箱!」
カイル。
「宝箱ね」
リゼット。
「……開けていいのか?」
レオン。
「開けよう〜!」
夜叉。
「待て」
レオンが止める。
「罠を確認してからだ」
カイルが。
ゆっくり近づく。
調べる。
触る。
見る。
「……」
「……」
「……」
「ない」
「よし」
レオンが頷く。
カイルが開ける。
中には。
大量の金貨。
魔石。
そして。
小さな青い宝石。
「すごい……」
夜叉が目を輝かせる。
「綺麗だねぇ」
「高そうだな」
カイルが笑う。
「売れば結構な金になるぞ」
「……」
夜叉が宝石を見る。
「これ」
「ん?」
「みんなで分けようよぉ」
レオンが笑う。
「そうだな」
「賛成」
リゼットも頷く。
「じゃあ俺は金貨多めで!」
「却下」
「なんで!」
「カイルだから」
「理由になってない!」
───
三日目。
八階層。
「迷った」
カイルが言った。
「お前が先頭だろ」
レオンが言った。
「……」
「……」
「……戻ろう」
「お前なぁ!」
───
四日目。
第十階層。
二体目のボス。
巨大な蜘蛛型魔物。
「嫌ぁぁぁ!」
リゼットが珍しく叫んだ。
「リゼット、蜘蛛苦手なの?」
夜叉が驚く。
「嫌い!」
「珍しいねぇ」
「近づけないで!」
「じゃあ私が倒すよぉ」
夜叉が弓を構える。
「夜叉、頼んだ!」
レオンが盾を構える。
「俺も援護する!」
カイルが叫ぶ。
「私は遠距離から!」
「……」
リゼットは。
少し離れたところから。
必死に魔法を撃ち続けた。
「……ごめん」
「いいよぉ」
夜叉が笑う。
「苦手なものは誰にでもあるからねぇ」
「ありがとう……」
ボス撃破。
その日の夜。
リゼットは夜叉の隣で。
「……蜘蛛」
「うん?」
「二度と見たくない」
「夢に出そう?」
「出たら夜叉を起こす」
「いいよぉ」
「……ありがとう」
───
五日目。
第十五階層。
三体目のボス。
巨大な石像。
レオンが盾で受け止め。
カイルが走り。
リゼットが魔法を撃ち。
夜叉が。
最後の一撃を放つ。
――ズドン!
「撃破!」
カイルが拳を上げる。
「残り五階!」
夜叉が笑う。
「もうすぐだねぇ」
四人は。
ハイタッチをした。
───
六日目。
第十八階層。
「……」
「……」
「……」
「……食料が」
レオンが呟く。
四人の視線が。
夜叉へ集まる。
「……何ぃ?」
「お前が一番食べてた」
「だってぇ…美味しかったんだもん」
「知ってる」
カイルが笑う。
「じゃあ今日は」
リゼットが荷物から保存食を取り出す。
「これで我慢しましょう」
「……」
夜叉が。
保存食を見る。
「……これ」
「うん」
「味気ないねぇ」
「我慢して」
「うぅ〜」
───
七日目。
第二十階層。
最深部。
巨大な扉の前。
四人が立っていた。
「……ここが最後」
レオンが言う。
「長かったな」
カイルが笑う。
「でも」
リゼットが頷く。
「楽しかった」
夜叉は。
扉を見上げる。
そして。
「うん」
笑った。
「行こう」
四人で。
扉を開ける。
最深部。
そこには。
巨大な青い竜がいた。
「……」
四人が。
同時に。
「でかい」
と言った。
竜が咆哮する。
――ゴォォォォォッ!
「来るぞ!」
レオンが盾を構える。
炎が吹き荒れる。
リゼットが結界を張る。
カイルが走る。
夜叉が。
竜の翼を狙う。
「レオン!」
「任せろ!」
突進を受け止める。
「リゼット!」
「今!」
氷が竜の足を絡め取る。
「カイル!」
「おう!」
竜の背後へ。
そして。
「夜叉!」
「――うん!」
夜叉が。
弓を引く。
静かに。
息を吸う。
狙い。
竜の額。
一本。
放つ。
――ドンッ!
矢が突き刺さる。
竜が吠える。
しかし。
倒れない。
「まだ!」
夜叉が叫ぶ。
レオンが踏み込む。
カイルが左右から攻撃する。
リゼットが魔法を重ねる。
そして。
四人の攻撃が。
同時に。
竜へ集中した。
――轟音。
巨大な身体が。
ゆっくり倒れる。
地面が震える。
静寂。
「……」
「……」
「……」
「……」
四人とも。
しばらく動かなかった。
そして。
「……勝った?」
カイルが言う。
「勝った」
レオンが答える。
「本当に?」
リゼット。
「うん」
夜叉が笑う。
「私たち、攻略したんだよぉ」
「……」
カイルが。
突然叫んだ。
「やったあああああ!」
「うるさい!」
レオンも叫ぶ。
「お前も嬉しいだろ!」
「嬉しいけど!」
「じゃあいいだろ!」
「よくない!」
リゼットが笑う。
夜叉も。
笑う。
「ふふっ」
その声が。
広い最深部に響いた。
そして。
四人の前に。
最後の宝箱が現れる。
「……開けよう」
レオンが言った。
「うん」
夜叉が頷く。
蓋が開く。
そこに入っていたのは。
一枚の古びた金貨と。
青い石で作られた。
小さな猫の置物だった。
「……猫?」
夜叉が手に取る。
「かわいい」
「それ、夜叉に似てるな」
カイルが笑う。
「耳があるから?」
「いや」
「じゃあ何?」
「白いから」
「雑だねぇ」
夜叉が笑う。
レオンも笑う。
リゼットも笑う。
七日間。
危険な迷宮を進んで。
戦って。
迷って。
食べて。
騒いで。
時々喧嘩して。
それでも。
四人で。
最後まで辿り着いた。
それが。
何より嬉しかった。
───
王都へ戻る馬車。
帰路。
夜叉は窓際に座っていた。
膝の上には。
あの猫の置物。
「……楽しかったねぇ」
ぽつり。
隣でレオンが頷く。
「ああ」
向かいでは。
カイルが眠っている。
その隣では。
リゼットも目を閉じている。
「また行きたいなぁ」
夜叉が言う。
「次はもっと深いダンジョンに行くか」
「うん〜」
「でも」
レオンが笑う。
「次は食料を多めに持っていこう」
「……」
夜叉が目を逸らす。
「……そうだねぇ」
「お前のせいだからな」
「えへへ〜」
馬車が。
王都へ向かって進んでいく。
窓の外。
青空が広がっている。
冒険の終わり。
そして。
また次の冒険へ。
白猫の足跡は。
今日も。
ゆっくりと。
その名を刻んでいく。
――これは。
白織夜叉と。
仲間たちの。
ほんの一つの冒険記。
読んでくれてありがとうございます!




