11話 レオンの気持ち
王都の夜。
宿の食堂では。
「――でさぁ」
カイルが楽しそうに話していた。
「今日の二人、見た?」
「見た」
レオンが答える。
「手、繋いでたよな」
「……ああ」
「しかも夜叉、めちゃくちゃ嬉しそうだった」
「……ああ」
「フィルティーナも満更じゃなさそうだったし」
「……そうだな」
「――レオン」
「なんだ」
「顔が死んでるぞ」
「……うるさい」
レオンは、一口もつけていない酒の杯を眺めた。
まだ夕食の途中なのに。
どうにも食欲が湧かなかった。
「別にいいだろ」
レオンは苦笑する。
「俺はもう、夜叉のことを諦めてる」
「知ってる」
「だったら――」
「だから弄ってる」
「お前な……」
カイルは笑う。
リゼットは呆れたようにため息をついた。
「カイル。ほどほどにしなさい」
「はいはい」
そう言いながら。
カイルはレオンの肩を叩く。
「でもまあ」
「……?」
「ちゃんと応援してやろうぜ」
レオンは。
少しだけ黙った。
「……ああ」
それだけ答えた。
───
夜更け。
レオンは一人で宿の屋上にいた。
風が冷たい。
王都の灯りが。
遠くまで続いている。
「……」
レオンは空を見上げる。
今日。
夜叉は笑っていた。
フィルティーナの隣で。
本当に。
嬉しそうに。
「……よかったな」
誰に言うでもなく。
呟く。
それは。
本心だった。
夜叉が幸せなら。
それでいい。
自分ではなくても。
それでも――。
「……」
胸の奥が。
少しだけ痛んだ。
レオンは目を閉じる。
「……まだ、好きなのか」
自分で自分に問いかける。
答えは。
分かっていた。
好きだった人を。
そう簡単に忘れられるはずがない。
まして。
毎日顔を合わせる。
一緒に冒険をして。
一緒に笑って。
一緒に飯を食べて。
隣にいるのが当たり前になっている。
その人が。
別の誰かを好きだと。
頭では分かっていても。
心まで。
すぐに納得できるわけではなかった。
「……情けないな」
レオンは苦笑した。
その時。
「何が情けないの?」
「――!」
振り返る。
リゼットがいた。
「……聞いてたのか」
「少しだけ」
「……そうか」
リゼットはレオンの隣まで歩いてくる。
「まだ好きなの?」
「……」
レオンはしばらく黙った。
「分からない」
「嘘」
「……」
「分かってる顔してる」
「……敵わないな、お前には」
レオンは小さく笑った。
「好きだった」
「過去形?」
「……そうありたい」
「なるほど」
リゼットは空を見る。
「無理に忘れなくてもいいんじゃない?」
「……」
「好きだった人を好きだったまま、別の道へ進むことだってできるでしょ」
「……そうだな」
少しだけ。
レオンの表情が柔らかくなる。
「ありがとう」
「別に」
その時。
階段の方から声がした。
「おーい!」
二人が振り返る。
カイルだった。
「二人で夜の屋上デートか?」
「違う!」
「早いな、ツッコミ」
「お前は……!」
カイルが笑いながら近づいてくる。
「いやぁ、レオンが一人で落ち込んでると思ってな」
「落ち込んでない」
「じゃあ何してたんだ?」
「……夜風に当たってただけだ」
「へぇ〜」
カイルがレオンの顔を見る。
「じゃあ、その悲しそうな顔は?」
「普通だ」
「普通の冒険者は、そんな失恋小説の表紙みたいな顔しないぞ」
「……殴るぞ」
「元気じゃん」
リゼットが吹き出した。
「ふふっ」
「リゼットまで笑うな」
「ごめんなさい」
全然ごめんと思っていない顔だった。
「でも」
カイルが笑う。
「レオン」
「なんだ」
「明日にはまた普通に夜叉と話せるだろ?」
「……ああ」
「なら、それでいいじゃん」
「……そうだな」
レオンは。
もう一度。
王都の夜景を見る。
遠く。
どこかの建物の窓に。
暖かな灯りが見える。
その向こうで。
夜叉が笑っているような気がした。
「……幸せになってくれればいい」
今度は。
痛みを隠さず。
それでも笑って。
そう言った。
「うん」
リゼットが頷く。
「それでいいと思う」
「……」
カイルは。
少しだけ真面目な顔になった。
「じゃあ――」
レオンの肩に手を置く。
「明日からも頑張れ、失恋冒険者〜」
「……」
レオンが。
ゆっくりカイルを見る。
「……やっぱり殴る」
「うわ、逃げろ!」
「待て!」
屋上に。
二人の足音が響く。
「ちょっと、夜中なんだから静かにして!」
リゼットの声が飛ぶ。
王都の夜は。
まだ終わらない。
失恋した冒険者の胸には。
小さな痛みが残っている。
けれど。
それでも彼は。
明日も仲間と歩く。
好きだった人の。
幸せを願いながら。




