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白織夜叉の冒険譚  作者: 蹴 鞠
第2章
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32/56

6話 興味の対象


黒い人影が。


ゆっくりと地面へ降り立った。


四人が構える。


レオンは盾を前に。


カイルは短剣を逆手に。


リゼットは杖を握り。


夜叉は弓を引いた。


森の奥。


さっきまで怯えた怪物がいた場所には。


もう、何もいない。


枝が揺れている。


遠くから。


何かが走っていく音だけが聞こえていた。


黒い人影は。


そちらを見ている。


一歩。


踏み出す。


だが。


止まった。


「……?」


カイルが眉をひそめる。


黒い人影は。


しばらく森の奥を見つめていた。


追わない。


ただ。


立っている。


「……どうしたんだ?」


レオンが呟く。


黒い人影が。


ゆっくりと首を傾けた。


そして。


何事もなかったかのように。


森の奥へ視線を向けるのをやめた。


「……え?」


リゼットが目を細める。


「興味を失った……?」


夜叉も黙って見ていた。


さっきまで。


あれほど必死に追っていた。


あの怪物を。


何度吹き飛ばされても。


何度邪魔されても。


追い続けていた。


それなのに。


逃げられた瞬間。


もう。


どうでもいいと言わんばかりに。


黒い人影は踵を返した。


「……待て」


レオンが声をかける。


黒い人影は止まらない。


「おい!」


カイルが一歩踏み出す。


それでも。


振り返らない。


夜叉が弓を下ろす。


「……行っちゃう」


「追う?」


リゼットが尋ねる。


「……ううん」


夜叉は首を横に振った。


「今は、追わないほうがいいと思うなぁ」


「理由は?」


「分からないけど……」


夜叉は森の奥を見つめる。


「私たちを敵として見てないからぁ」


「……」


「たぶん」


黒い人影の姿が。


木々の向こうへ消えていく。


最後まで。


こちらを振り返ることはなかった。


森に。


静寂が戻った。


「……なんだったんだよ」


カイルが呟く。


「さあ」


リゼットも答えられない。


レオンが剣を鞘へ戻した。


「分からないことだらけだな」


夜叉も。


静かに頷いた。


「うん」


そして。


「でも……」


彼女は周囲を見回した。


「私たちには、まだ依頼が残ってるよぉ」


「……そうだった」


カイルが頭を抱える。


「ゴブリン退治」


「それと狼型魔物の討伐」


リゼットが続ける。


「報告するなら、まずそっちを片付けないとね」


「よし」


レオンが立ち上がった。


「行こう」


こうして。


四人は森の奥へ進んだ。


不気味な出来事の痕跡を。


胸の奥に抱えたまま。


───


それから数時間。


「……終わったぁ」


カイルが地面に座り込んだ。


目の前には。


倒れたゴブリンたち。


少し離れた場所には。


討伐した狼型魔物の死骸。


「数は依頼書通りね」


リゼットが確認する。


レオンが頷いた。


「ああ。これで依頼達成だ」


夜叉は周囲の森を見回した。


もう。


あの気配はない。


奇妙な足跡も。


黒い人影も。


怯えた怪物も。


どこにもいなかった。


まるで。


最初から何もいなかったかのように。


「……帰ろうかぁ」


夜叉が言った。


「そうだな」


レオンが答える。


「今日は十分だ」


「賛成」


リゼットが杖をしまう。


カイルは立ち上がりながら。


「しかし……」


森を振り返った。


「あれ、依頼書に書いてなかったよな」


「書いてあるわけないでしょう」


リゼットが呆れたように言う。


「……だよなぁ」


カイルがため息をつく。


「じゃあ、報告書にはどう書く?」


「『正体不明の魔物を確認』でいいんじゃない?」


レオンが答える。


「正体不明……」


夜叉が小さく呟いた。


その言葉が。


妙に胸に残った。


───正体不明。


あの黒い人影も。


怯えていた怪物も。


そして。


自分の中に浮かんだ記憶も。


全部。


「……気になるなぁ」


「だろ?」


カイルが振り返る。


「俺もめちゃくちゃ気になってる」


「私もよ」


リゼットが言う。


「だったら」


レオンが微笑んだ。


「帰ったら、あの人に聞いてみよう」


「……あの人?」


カイルが首を傾げる。


夜叉は。


すぐに誰のことか分かった。


「お母さん?」


「ああ」


レオンが頷く。


「鞠凪さんなら、何か知っているかもしれない」


「確かに」


リゼットも頷いた。


「なんでも知ってそうだし」


「……そうだねぇ」


夜叉は少しだけ笑った。


「お母さんなら……何か知ってるかも」


───


王都へ戻ったのは。


すっかり日が傾いてからだった。


依頼の報告を終え。


報酬を受け取る。


普段なら。


そのまま宿へ戻るところだった。


けれど。


「……行こうか」


夜叉が言った。


「おう」


カイル。


「ええ」


リゼット。


「ああ」


レオン。


四人は。


揃って歩き出した。


向かった先は。


冒険者たちがよく利用する酒場でも。


ギルドの資料室でもない。


鞠凪の部屋だった。


扉の前で。


夜叉が足を止める。


「……お母さん、いるかなぁ」


「いるんじゃないか?」


カイルが言う。


「いつもこの時間なら飯食ってそうだし」


「カイル」


リゼットが呆れる。


「あなたは結局、食事のことしか考えてないの?」


「だって鞠凪さんの飯、うまいんだよ」


「……それは否定できない」


レオンが小さく呟いた。


「レオンまで……」


リゼットがため息をつく。


夜叉はくすっと笑った。


そして。


扉を三回。


コンコン、と叩いた。


「お母さん?」


返事はない。


もう一度。


コンコン。


「お母さん、いるぅ?」


少し間を置いて。


中から声がした。


「……夜叉?」


「うん」


「入っておいで」


扉を開ける。


「お邪魔します」


最初にレオン。


続いてカイルとリゼット。


最後に夜叉が入る。


黒い着物姿の鞠凪は。


机の前に座っていた。


いつものように。


何でもない顔をしている。


「おや」


鞠凪が四人を見る。


「今日はずいぶん揃ってるねぇ」


「お母さん」


夜叉が近づく。


「ちょっと聞きたいことがあるの」


「……聞きたいこと?」


鞠凪の瞼が。


ほんの少しだけ開いた。


夜叉は気づかなかった。


けれど。


リゼットは気づいた。


カイルも。


レオンも。


その小さな変化を見ていた。


「森でね」


夜叉が話し始める。


「変な魔物を見たんだぁ」


「変な魔物?」


「うん」


夜叉は頷く。


「顔に……大きな穴があって」


その瞬間。


鞠凪の表情が。


ほんの僅かに変わった。


笑みが。


消えた。


「……そう」


静かな声。


「それで?」


夜叉は続けた。


「その魔物は、ずっと何かから逃げてた」


「……」


「黒い人みたいなものに追われてたの」


鞠凪は。


黙って夜叉を見た。


「その黒いものは?」


「分からない」


夜叉が首を横に振る。


「でも……あの子を追ってた」


「……」


「私たちには、ほとんど興味がなかった」


鞠凪の、普段は閉じている瞼が、ほんのわずかに開く。


その隙間から覗いた青い瞳が、暗い部屋の中で一瞬だけ冷たく光った。


「そう」


それだけ。


鞠凪は言った。


しかし。


その声は。


いつもの穏やかなものではなかった。


夜叉は気づかない。


ただ。


「お母さん」


静かに尋ねる。


「……あれって、何なの?」


部屋の中が。


静かになった。


鞠凪は。


しばらく何も言わなかった。


そして。


ゆっくりと。


夜叉を見つめる。


「……その話」


黒い瞳が。


わずかに揺れる。


「もう少し詳しく聞かせてくれる?」

読んでくれてありがとう〜

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