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白織夜叉の冒険譚  作者: 蹴 鞠
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30/56

4話 食べさせない。


『邪魔ぁ……するなよなぁ』


その声が森に響いた。


四人は動かなかった。


目の前にいる黒い人影。


先ほどまで、自分たちなど見ていなかった。


それが今。


初めて。


こちらを見ている。


夜叉は弓を構えたまま、静かに息を吐いた。


「……やっぱり」


「何が?」


レオンが尋ねる。


「私たちじゃなくて……」


夜叉の視線が、黒い異形へ向く。


「あなたは、あの子を追ってるんだねぇ」


返事はなかった。


黒い人影は、ただ怯えた怪物を見ている。


その視線には、憎しみもない。


怒りもない。


殺意すら。


ただ。


食べるものを見るような。


妙に静かな視線。


「……気持ち悪い」


カイルが小さく呟いた。


「こっちを見てるのに、俺たちを見てないみたいだ」


「同感ね」


リゼットが杖を構える。


「理性があるようにも見える。でも、目的が一つしかない」


「だったら」


レオンが盾を前に出した。


「その目的を止めればいい」


黒い人影が動いた。


一歩。


地面が沈む。


――ドン。


「来る!」


レオンが叫んだ。


次の瞬間。


黒い影が消えた。


「――っ!」


速い。


夜叉が反射的に弓を引く。


だが。


目で追えない。


「右!」


カイルの声。


レオンが盾を振る。


ガンッ!!


衝撃。


盾が大きく揺れた。


「ぐっ……!」


レオンの身体が後ろへ滑る。


「レオン!」


夜叉が矢を放つ。


ヒュッ!


矢が黒い人影の肩へ突き刺さる。


――しかし。


止まらない。


「……効いてない?」


リゼットが目を見開く。


「違うよぉ」


夜叉が言った。


「効いてる」


「え?」


「でも……」


夜叉の目が細くなる。


「痛がってない」


黒い人影は、肩に刺さった矢を見た。


ほんの一瞬。


それだけ。


そして。


指で矢を掴んだ。


――ズブッ。


自分の肉ごと。


引き抜いた。


血が落ちる。


ぽた。


ぽた。


それでも。


表情は変わらない。


「……何なんだよ、こいつ」


カイルが後退する。


その横を。


怯えた怪物が駆け抜けた。


「今だ!」


カイルが叫ぶ。


「レオン!」


「ああ!」


レオンが盾を構え。


黒い人影との間へ割り込む。


その隙に。


「こっち!」


リゼットが怯えた怪物へ声をかけた。


しかし。


「来るな!」


怪物が叫ぶ。


「お前たちも邪魔ダ!」


「え?」


リゼットが固まる。


「何を――」


「逃げルんダ!」


怪物が叫んだ。


「私は……!」


顔の中央に開いた穴が震える。


「私は、あいつに喰わレる!」


その言葉に。


夜叉の胸が、また痛んだ。


――喰われる。


その言葉。


なぜか。


ひどく懐かしい。


けれど。


思い出せない。


「……怖いんだねぇ」


夜叉が静かに言った。


「……」


怪物が夜叉を見る。


「あなたは……」


夜叉は弓を下ろした。


「逃げたいだけなんだよねぇ」


「……来るな」


「うん」


夜叉は頷く。


「あなたを捕まえるつもりはないよ」


「……ナら」


「そして」


夜叉は黒い人影を見る。


「あなたを食べさせるつもりもない」


怪物の身体が、僅かに震えた。


「……どうシて」


「分からない」


夜叉は少し困ったように笑う。


「でも、目の前で怖がってる子を見捨てるのは……嫌かなぁ」


「夜叉らしいな」


レオンが笑った。


「そういうところは変わらない」


「今は褒めてる場合じゃないわよ」


リゼットが言う。


「来るわ!」


黒い人影が。


盾を回り込もうとしていた。


カイルがすぐ横へ走る。


「おっと!」


短剣が閃く。


黒い人影の腕を狙う。


しかし。


腕が。


ぐにゃりと変形した。


「……は?」


カイルの目が見開かれる。


人間の腕だったものが。


途中から鋭く尖っていく。


刃物のような形へ。


「カイル!」


レオンが盾を叩き込む。


――ガンッ!


攻撃が逸れた。


その瞬間。


「――風よ!」


リゼットの魔法が炸裂する。


風圧が黒い人影を吹き飛ばした。


木の幹へ叩きつけられる。


――ドゴンッ!


「今!」


夜叉が叫ぶ。


矢が三本。


連続して放たれる。


一本。


二本。


三本。


黒い人影の周囲の木へ突き刺さる。


「……?」


黒い異形が夜叉を見る。


夜叉は叫んだ。


「走って!」


怯えた怪物が一瞬だけ固まった。


そして。


森の奥へ走り出した。


「逃げんなよなぁ……」


黒い人影が追う。


「行かせるか!」


レオンが盾で進路を塞ぐ。


カイルが横から回り込む。


リゼットが地面を凍らせる。


四人の連携。


それは。


半年間、共に冒険を続けてきた彼らだからこそできる動きだった。


レオンが止める。


カイルが誘導する。


リゼットが動きを制限する。


夜叉が全体を見ながら、正確に矢を通す。


「左!」


「分かってる!」


「カイル、下がって!」


「了解!」


「レオン、そのまま!」


「ああ!」


黒い人影が。


何度も突破しようとする。


そのたびに。


四人が阻む。


けれど。


人影は諦めない。


何度倒されても。


何度吹き飛ばされても。


ただ。


怯えた怪物を追う。


「……本当に」


カイルが息を切らしながら呟く。


「俺たちのこと、どうでもいいんだな」


「そうみたいね」


リゼットが答える。


「怖いくらいに」


夜叉は黙っていた。


森の奥。


怯えた怪物の姿が見えなくなっていく。


それを追う黒い人影。


速い。


四人よりも遥かに。


遠くなるふたつの影。


夜叉は思った。


――あの子は。


逃げられない。


その瞬間。


森の奥から。


「いやああああああっ!」


悲鳴が聞こえた。


「……!」


四人の顔が変わる。


「近い!」


夜叉が走り出した。


「おい、夜叉!」


レオンたちも続く。


枝を払い。


木々を抜け。


森の奥へ。


そして。


開けた場所に出た。


「……!」


そこに。


怯えた怪物がいた。


倒れている。


その身体の上に。


黒い人影が覆いかぶさっている。


「――間に合わなかった……?」


リゼットが呟く。


しかし。


夜叉が気づいた。


「違う」


「え?」


「まだ……」


怪物は生きている。


震えている。


逃げようとしている。


黒い人影が。


ゆっくりと顔を近づける。


口が。


開く。


人間のものとは思えないほど。


大きく。


そして。


「――嫌ダ」


怪物が呟いた。


「嫌だ……」


夜叉の中で。


また。


何かが弾けた。


――白い雪。


――冷たい空気。


――小さな身体。


そして。


耳元で。


『やめて……』


『お願い……』


『この子だけは……』


夜叉の瞳から。


涙が落ちた。


「……やめて」


自分でも驚くほど。


小さな声だった。


黒い人影が。


止まる。


夜叉を見る。


今度こそ。


はっきりと。


四人を見た。


夜叉は弓を引く。


指先が震えている。


それでも。


弦は離さない。


「……その子を」


青い瞳が。


黒い人影を射抜く。


「食べさせない」


森の中に。


弓の弦が軋む音だけが響いた。

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