1話 日向ぼっこ。
昼過ぎ。
街の喧騒から少し離れた場所に、小さな広場があった。
そこには大きな木が一本だけ立っている。
春のような柔らかな日差しが、その木の葉の隙間から降り注いでいた。
「ん〜……」
その木陰に、夜叉はいた。
正確には――木陰と日向の境目。
ちょうど身体の半分くらいに日が当たる、絶妙な場所である。
「ここ……いいなぁ」
夜叉は木の根元に腰を下ろす。
長い白髪が地面へ流れ、白い尻尾がその横にふわりと落ちた。
猫耳が、ぽかぽかとした陽気に合わせるように、ゆっくり揺れる。
「暖かいねぇ……」
目を細める。
青い瞳が、とろんと眠たげになる。
普段なら冒険者ギルドから依頼を受け、危険な魔物の討伐へ向かうこともある。
Aランク冒険者。
凄腕の弓使い。
その肩書きだけを聞けば、さぞかし忙しい冒険者生活を送っているように思える。
しかし。
今日の夜叉には、何の予定もなかった。
「……今日は、何もしなくていい日だからねぇ」
そう呟いて、ゆっくり背中を木に預ける。
風が吹いた。
さらさら、と葉が揺れる。
それに合わせて、夜叉の長い白髪もふわりと舞った。
「……」
静かだった。
遠くから人々の話し声が聞こえる。
どこかで子供が笑っている。
屋台からは、焼いたパンのような香ばしい匂いが漂ってくる。
猫耳がぴくり。
「……パン……」
夜叉は目を開けた。
少しだけ迷う。
買いに行こうか。
でも――
「……まあ、あとでいいかぁ」
再び目を閉じる。
尻尾が、ぱたん。
もう一度、ぱたん。
「……ぽかぽか……」
そのまま、夜叉は静かになった。
しばらくして。
通りすがりの人が、木の下にいる彼女へ気づいた。
「あれ……あの人、冒険者じゃないか?」
「白い髪の……?」
「たぶんそうだ。Aランクの――」
「寝てる?」
「……寝てるな」
二人は小声になる。
木の下では、夜叉が穏やかな寝息を立てていた。
長い白い尻尾を身体の横に丸め、猫耳を小さく動かしながら。
誰もが恐れるような強大な魔物を前にしても、静かに弓を引くAランク冒険者。
その姿からは、戦場で見せる鋭さなど微塵も感じられない。
「……まあ、起こさないでおこう」
「そうだな」
二人はそっと立ち去った。
そして――
「……んぅ……」
夜叉は寝返りを打った。
白い尻尾が、ふわりと揺れる。
「……パン……まって……」
夢の中でも、どうやら食べ物を探しているらしい。
今日も街は平和だった。
そしてAランク冒険者、白織夜叉の休日も。
とても、とても平和だった。




